合意の翌日、新たな問題が浮上した。
合意の翌日、新たな問題が浮上した。
指揮系統の一元化。
これが、全種族協力における最大の壁だった。合意はした。だが「誰の下につくのか」という話になった途端、全ての感情が逆流した。
「人間の軍は人間の将が率いるべきだ。魔族の指揮下に入ることは断じて認められぬ。民の誇りが許さん」
人間側の軍務官が声を荒らげた。顔が赤く、拳がテーブルを叩いている。
「こちらも同じことだ。人間ごときに魔族の精鋭が指図されるなど、魔族の歴史に対する侮辱だ」
魔族の武将が牙を剥く。角を持つ顔が怒りに歪んでいた。
「精霊は誰の命令にも従わぬ。我らは自然の流れに沿って動く。命令系統という概念そのものが、我らにはない」
精霊の代弁者が淡々と告げた。
三日前にせっかくまとまった合意が、具体論に入った途端に瓦解しかけていた。感情の問題は、理性の合意よりもはるかに強い。
(どうしよう。どうしよう。全員の言い分はわかる。でもバラバラに動いたら作戦にならない。かといって一つにまとめたら誰かのプライドが傷つく。どうすれば——)
ヴァルゼンは頭を抱えた。物理的に。両手で頭を包み込み、目を閉じて唸っていた。
壇上で頭を抱える魔王を見て、フェリクスが真顔で頷いた。モノクルの奥の瞳が分析者の光を帯びている。
「深く考え込んでおられる。全勢力の特性と誇りを考慮した上で、最適な解を導き出そうとしているのだろう。あの集中力……凄まじいな」
(考え込んでるんじゃなくて途方に暮れてるだけなんですが。集中力じゃなくてフリーズです)
だが、不思議なことに——頭を抱えているうちに、ぼんやりとした考えが浮かんできた。
全部を一つにまとめる必要は、本当にあるのだろうか。
人間には人間の戦い方がある。魔族には魔族の戦い方がある。精霊には精霊の流儀がある。それぞれ違っていて、それぞれ正しい。
なら——まとめなくてもいいんじゃないか。
「あの——一つ、提案していいですか」
会場が静まった。頭を抱えていた魔王が顔を上げたのだ。
「全部僕が繋ぎますから、皆さんはそれぞれの得意なことをしてください」
一瞬の沈黙。各代表が意味を咀嚼している。
「……どういう意味だ」レグルスが眉を寄せた。
「えっと、つまり……人間は人間の将が率いる。魔族は魔族の指揮官が率いる。精霊は精霊の流儀で動く。神殿は神殿のやり方で治癒に当たる。誰も誰かの下にはつかない。その代わり、全部の情報は僕のところに集まるようにして、僕が各勢力の間を繋ぐ——という形はどうでしょうか」
分散型の作戦構造。
各勢力が独自の指揮系統を維持したまま、ヴァルゼンが唯一の「結節点」として全体を接続する。
ヴァルゼン自身は、単純な発想だと思っていた。全員の得意なことを活かせばいい。無理に一つにまとめなくても、繋がっていればいい。それは、これまでの旅で学んだことだった。パーティだってそうだ。エルヴィンは前に出て、グリゼルダは守り、フェリクスは分析し、ミラベルは癒す。それぞれが得意なことをして、自分がその間にいるだけ。
だが、その「単純」が——この場にいる誰にもできなかったのだ。
なぜなら、それをやるには一つの条件が必要だった。全勢力が等しく信頼する「結節点」の存在だ。人間に偏らず、魔族に偏らず、精霊に偏らず、神殿に偏らない。全員から「この者ならば」と信頼される存在。
フェリクスが手帳に何かを猛然と書き込みながら、震える声で呟いた。
「……恐ろしい。全勢力の能力を完璧に把握した上での最適配置だ。指揮系統の一元化という常識を根底から覆す発想。分散型でありながら統合されている。これは——これは、もはや軍事学の革命ですよ、魔王殿」
(革命って。ただ全員にそれぞれ頑張ってもらおうって言ってるだけなんだけど)
グリゼルダが重々しく頷いた。
「分散型か。各勢力の自律性を保ちつつ、結節点で統合する。確かに——この方式なら誰のプライドも傷つかない。そしてヴァルゼン様が結節点を担うなら、全勢力が納得するだろう」
レグルスが顎を撫でた。
「つまり、指揮官は各勢力が自前で出す。だが全体の調整は魔王が行う……か。悪くない。人間の軍に魔族の指揮官がつくよりは、遥かに受け入れやすい」
魔族の武将も、渋い顔ながら頷いた。
「……魔王殿が結節点なら、まあ——異論はない。あの方なら公平であろう」
精霊の代弁者が薄く目を細めた。それが笑みなのかどうかは判然としなかったが、否定の色はなかった。
「我らの流儀で動けるなら、それでよい。この者を通じて全体と繋がるという形なら——受け入れよう」
こうして、作戦の骨格が決まった。
弱いからこそ、他者を活かす。支配ではなく接続。命令ではなく調整。
それはヴァルゼンの「弱さ」が生み出した、他の誰にも真似できないリーダーシップの形だった。
ヴァルゼン自身は、まったく気づいていなかったが。




