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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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精霊の協力表明は、凍りついた湖面に最初の亀裂を入れるようなものだった。

 精霊の協力表明は、凍りついた湖面に最初の亀裂を入れるようなものだった。


 それに続いたのは、意外にも神殿だった。


「我々も——条件付きではあるが、協力の用意がある」


 三人の高位神官のうち、最年長の者が口を開いた。隣の二人が驚いた表情を見せたが、最年長の神官は構わず続けた。白い法衣の裾を正し、声に確信を込めて言った。


「虚淵は神々の秩序をも脅かしている。これは教義の問題ではない。世界存亡の問題だ。教義の解釈は後で議論すればよい。今は——行動の時だ」


 残る二人も、しばらく考え込んだ後に頷いた。内部分裂が——完全に解消されたわけではないが——一時休戦に至った瞬間だった。世界の危機という共通の敵が、教義の違いを棚上げさせたのだ。


 魔族の長老たちが顔を見合わせた。


 精霊が動き、神殿が動いた。残るは自分たちと人間だけ。このまま反対し続ければ、魔族だけが取り残される。


 最古参の長老が、ゆっくりと口を開いた。重い声が広間に響いた。


「……我ら魔族も、世界の滅亡を望むものではない。先祖が築いた大地を虚淵に呑ませるわけにはいかぬ。条件は後日詰めるとして——協力の意思はある」


 ザガンの尾の先が、わずかに揺れた。安堵。四百七十年の忍耐が報われた瞬間だった。


 三勢力が合意した。


 残るは——人間の王。


 レグルスは沈黙したままだった。指先で肘掛けを叩く音だけが、静かな会場に響いていた。規則正しいリズム。考えている時の癖なのだろう。


 ヴァルゼンの心臓が跳ねた。


(人間の王が一番難しい。最大の勢力で、最も失うものが多い。当然だ。国民の命を預かっている立場で、魔族と手を組むなんて——民がどう思うか。歴史がどう評価するか。王にはそこまで考える責任がある)


「魔王」


 レグルスが口を開いた。灰色の瞳がヴァルゼンを射抜く。


「一つ聞く」


「は、はい」


「この作戦が失敗した場合、お前はどうする」


 会場が静まり返った。


 それは、最も核心を突く問いだった。成功すれば万事よし。だが失敗したら——全種族が協力して、なお虚淵を止められなかったら。その時、責任を取るのは誰なのか。


 ヴァルゼンは答えに詰まった。


 フェリクスの資料には、この問いに対する想定回答がいくつか用意されていた。「失敗は許されない」「我々には勝算がある」「リスクは最小限に抑える」。どれも説得力がある。どれも正しい。


 だが——どれも嘘だった。


 勝算があるかどうかなんて、わからない。リスクが最小限かどうかも。「失敗は許されない」は事実だが、失敗する可能性がゼロだとは口が裂けても言えない。


 だからヴァルゼンは、また正直に答えた。


「……わかりません」


 レグルスの眉が上がった。


「わからない?」


「はい。失敗したらどうするか、僕にはわかりません。そこまでの知恵も力もありません。でも——」


 ヴァルゼンは顔を上げた。震える声だったが、目は逸らさなかった。淡い紫の瞳が、灰色の瞳と真っ直ぐにぶつかった。


「失敗しても、僕は最後まで諦めません。倒れるまで、動けなくなるまで——それだけは、約束できます」


 また沈黙が落ちた。


 レグルスはヴァルゼンの目を見つめていた。長い、長い沈黙だった。王の目は全てを見透かそうとしていた。嘘はないか。虚勢はないか。覚悟はあるか。


 やがて——王が立ち上がった。椅子が引かれる音が、広間に響いた。


「……いいだろう」


 その一言は、会場の空気を大きく揺らした。背後の文官たちが驚きの表情を浮かべ、騎士たちが互いに目を見合わせた。


「人間王国も、協力する。ただし、具体的な作戦計画を提出してもらう。兵の損耗は最小限にすること。人間の犠牲が出た場合の補償も明記せよ。そして——魔王ヴァルゼン」


「はい」


「お前が最後まで諦めないと言うなら、余もそれを信じよう。お前の言葉を疑う理由が、今の余には見つからぬ」


 全種族が——暫定的に、協力を合意した。


 拍手はなかった。だが、静かな頷きがあった。それぞれの立場を超えた、小さな、しかし確かな同意の表明。何千年という種族間の対立を超えて、初めて四つの勢力が一つの方向を向いた瞬間だった。


 ヴァルゼンは壇上で、全身の力が抜けそうになるのを必死に堪えていた。


(合意した。合意したんだ。嘘だろ。本当に? 本当に全種族が? これ夢じゃないよな?)


 しかし安堵に浸る暇はなかった。


 合意は取り付けた。だが「合意」と「実行」の間には、途方もない距離がある。具体的にどう全種族の力を結集し、魔力循環の再起動を行うのか。誰が何をするのか。指揮系統は。兵站は。術式の詳細は。


 会議は第二段階に移行した。


 フェリクスとザガンが術式の詳細を詰める役割を買って出た。人間の軍務官と魔族の軍師が初めて同じテーブルにつき、地図を広げている。歴史的な光景だった。精霊の代弁者は静かにそれを見守り、時折一言だけ助言を加えた。「この場所の魔力の流れは西に偏っている」「ここには精霊の古木がある。利用できる」。短い言葉だが、的確だった。神殿の神官たちは回復体制の構築に乗り出した。


 ヴァルゼンは各勢力の間を行ったり来たりしていた。走り回っていた、と言った方が正確かもしれない。


「あの、人間側はここの配置が気になるそうなんですが——」


「陛下、魔族側の長老がこの条項に異議を——」


「ヴァルゼン様、神殿の治癒師団の規模について——」


 あちらを立てればこちらが立たず。一つの問題を解決すれば二つの問題が生まれる。板挟みの連続だった。終わりのないモグラ叩きのようだった。


 日が暮れる頃、ようやく大枠がまとまった。


 フェリクスがヴァルゼンの前に立った。


「合意は取り付けました。だが、作戦の成否は——ヴァルゼン殿、あなたの力に懸かっている」


「僕の……力」


「ええ。全要所を繋ぐ結節点。それができるのは、あなただけです」


 ヴァルゼンは、疲労で重くなった身体を椅子に沈めた。


 合意は取り付けた。次は——作戦を、形にしなければならなかった。


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