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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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議長という言葉の響きが、これほど恐ろしいものだとは知らなかった。

 議長という言葉の響きが、これほど恐ろしいものだとは知らなかった。


 全種族会議。それは、人間王国、魔族領、精霊の森、神殿勢力——世界を構成する四大勢力すべてが一堂に会するという、史上前例のない集まりのことだった。


 そして、その議長をヴァルゼンが務めるという。


「いや、あの、ちょっと待ってください」


 ヴァルゼンは両手を振って、会議室の中央で後ずさった。背中が壁にぶつかり、逃げ場がないことを悟った。


「議長って——あの、全種族の代表を前にして場を仕切る、あの議長ですか? 僕が? この僕が?」


「他に誰がやるんだ」


 エルヴィンが当然のように答えた。腕を組み、壁に背を預ける姿は、まるで天気の話でもしているかのような気軽さだった。聖剣の柄が肩越しに覗いているが、本人はまるで散歩にでも行くかのように穏やかな表情をしていた。


「お前は全種族に顔が利く唯一の存在だろう。人間にも魔族にも精霊にも神にも信頼されている。議長はお前しかいない」


(信頼されてるんじゃなくて、誤解されてるんですが。全種族に平等に誤解されてるんですが)


 ヴァルゼンの内心の叫びは、もちろん誰の耳にも届かない。三百話以上かけて積み上がった壮大な誤解は、もはや要塞のように堅固であり、ヴァルゼンの正直な言葉はことごとくその壁に弾かれてきた。


 フェリクスがモノクルの位置を直しながら、手帳を開いた。薄い笑みが口元に浮かんでいるが、それがいつものことなのか今この状況を楽しんでいるのか、ヴァルゼンには判別がつかなかった。


「現状を整理しましょう。全要所の活性化は完了しています。しかし魔力循環の再起動には、全要所の同時接続が必要だ。つまり——世界中に散らばる全種族の協力なくしては、実行不可能です」


「だろう? だから会議だ。で、議長はヴァルゼン。完璧だ」


(完璧じゃない。全然完璧じゃない。むしろ最悪の人選だ。ゴブリンより弱い魔王が世界会議の議長を務めるなんて、冗談にしても出来が悪い)


 ザガンが静かに歩み出た。琥珀色の瞳が、ヴァルゼンを真っ直ぐに見据えている。長い角が燭台の光を受けて暗灰色に輝いていた。


「陛下。僭越ながら、使者の手配はすでに進めております。人間王国、魔族の長老会議、精霊の森の代弁者、神殿勢力の各派——すべてに招集状を送る準備が整っています」


「え。もう準備してたんですか」


「無論です。陛下が議長をお務めになることは、自明のことでございますので」


(自明。自明って言った。僕が議長を務めることが自明。何がどう自明なんだ。どう考えても不自明だろう)


 グリゼルダが大剣の柄に手を置いたまま、深く頷いた。蒼灰色の瞳は真剣そのものだった。


「会場の警備は私が統制する。ヴァルゼン様に不審な者を近づけはしない。各勢力から護衛が来るだろうが、武装解除の範囲と持ち込み制限は事前に通達しておく」


 ミラベルが両手を胸の前で組んで、真剣な表情を見せた。つば広の帽子の下で翡翠色の瞳が輝いている。


「各勢力の心情面は私がお伝えします。事前に不安や不満を把握しておけば、ヴァルゼン様の交渉がよりスムーズになるかと」


(みんな話が早い。早すぎる。僕がまだ了承もしていないのに、すでに実務の段階に入ってる。僕の意見を聞いてほしいんだけど。いや、聞かれても「やりたくないです」しか言えないけど)


「あの……やっぱり僕が議長なの、おかしいですよね……? 魔王が議長って、普通に考えて不信感しか——」


「何を言ってるんだ!」


 エルヴィンが壁から背を離し、ヴァルゼンの肩を掴んだ。勇者の握力は加減を知らず、ヴァルゼンの細い肩がみしりと悲鳴を上げた。青い瞳が太陽のように眩しい。直視できない。


「世界で一番信頼されてるのはお前だぞ! 人間の王を説得し、魔族の将を心服させ、精霊と心を通わせ、神の使いすら認めた男——それがお前だ、ヴァルゼン!」


(全部誤解の産物です。全部。一つ残らず。人間の王は誤解で感心し、魔族の将は誤解で心服し、精霊は誤解で親しみ、神の使いは誤解で……いや、セラフィオンさんは何を考えてるかわからないから判断できない)


 パニックが込み上げてきた。心臓が早鐘を打ち、手のひらに汗が滲む。呼吸が浅くなり、視界の端がちかちかと明滅する。


 ヴァルゼンが目を泳がせ、唇を震わせている姿を、フェリクスは冷静に観察していた。モノクルの奥で瞳がすっと細くなった。


「……さすがですね、魔王殿」


「え?」


「この重責に対し、緊張を以て臨む。それこそが責任感の表れだ。軽々しく引き受ける者より、重さを知る者の方が議長に相応しい。あなたは、この会議の意味を誰よりも深く理解しておられる」


(緊張じゃなくてパニックです。責任感じゃなくて恐怖です。深く理解してるんじゃなくて何も理解できてないです)


 だが反論は無意味だった。三百話以上にわたる壮大な誤解の歴史が、ヴァルゼンの言葉のことごとくを「謙遜」に変換してしまうのだから。


 結局、使者はその日のうちに発たれた。


 世界の四隅に向けて、一通ずつ。「魔王ヴァルゼンが招集する全種族会議への参加を請う」——その文面は、ザガンとフェリクスが共同で起草した格調高いものだった。ヴァルゼンが書いたら「お時間があればお願いします、無理なら全然大丈夫です、本当にご無理のない範囲で」になっていただろう。


 返答は、数日のうちに届き始めた。


 精霊の森からは沈黙。神殿勢力からは内部協議中との返答。魔族の長老たちは渋々ながらも出席の意を示した——ザガンの根回しが効いたのだろう。四百七十年の人脈は伊達ではない。


 そして四日目の朝、最後の返答が届いた。


 人間の王からだった。


 ヴァルゼンは封を切り、羊皮紙を広げた。手が震えていたが、それはいつものことだった。指先が汗で滑り、二度ほど紙を取り落としかけた。


 簡潔な文面だった。王家の紋章と、たった二行の言葉。


「『出席する。ただし、条件がある』……」


 ヴァルゼンは羊皮紙を握りしめたまま、深く息を吐いた。


 条件。その一語が、鉛のように重く胸に沈んでいた。


 全種族が一堂に会する——それは、希望であると同時に、途方もない重圧でもあった。


 眠れない夜が、また一つ増えた。


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