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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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神の承認

 神の承認


 最後の要所に向かう道中で、それは起きた。


 魔族領の奥地。ベリオスの部隊が確保した安全地帯を抜け、第八の要所まであと半日という場所だった。周囲には黒々とした岩山が連なり、空は薄い灰色の雲に覆われている。魔族領の奥地は陽光が乏しく、昼間でも薄暗い。


 ヴァルゼンが最初に気づいた。魔力感知に、異質な——だが既知の気配が触れた。


 巨大で、冷たくて、超然としていて、人間のものではない。魔族のものでもない。この世のものですらない。


「……来た」


 呟いた瞬間、空に光が裂けた。


 白銀の光が天から降り注ぎ、一行の前方十メートルの地面に、一人の——一体の存在が降り立った。着地の衝撃はない。重力を無視するように、ふわりと地面の数センチ上に浮いている。


 セラフィオンだった。


 三対六枚の半透明の翼が光を散らし、白と金の長衣の裾が地面に触れずに揺れている。金色の瞳の虹彩に幾何学紋様が回転し、こちらを観ている。白銀の髪が風もないのに微かに揺れていた。美しく、超然としていて、人間の美の基準では測れない存在だった。


「久しいな、魔王ヴァルゼン」


 超然とした声が響いた。試練の時以来の再会だ。あの時セラフィオンは「汝を試す」と宣言して去った。今日は何をしに来たのか。


 エルヴィンが聖剣を構えかけたが、セラフィオンが片手を上げて制した。


「剣を収めよ、勇者。今日は敵として来たのではない」


「では何の用だ」


「伝えることがある」


 セラフィオンの金色の瞳が、ヴァルゼンを捉えた。幾何学紋様の回転が——少しだけ遅くなった。


「神々はお前を過小評価していた、ヴァルゼン」


 沈黙が落ちた。風の音さえ止んだように感じた。


「いや——過小評価していたのは、強さの定義そのものだった」


 セラフィオンの声に、微かな感情が混じっていた。以前の超然とした平坦さとは違う。何かが——変わっている。翼の明滅パターンが不規則になっていた。


「魔王とは力で秩序を統べる存在として設計された。先代も先々代も、その設計通りに機能した。圧倒的な魔力で世界の秩序を維持する装置——それが神々の定義する魔王だった。だがお前は違った。力を持たず、力なきまま——世界に道を敷いた」


「道のことを知ってるんですか」


「我は観測者だ。世界の魔力循環の変動は、全て把握している。お前たちが歩いた軌跡が魔力の道になっていること——それを我は、十三日前に確認した」


 十三日前。旅の序盤だ。セラフィオンは最初から見ていたのか。


「ならば——なぜ教えてくれなかったのですか」


「観測者は干渉しない。それが本分だ。……だが」


 セラフィオンが一歩前に出た。翼の明滅が——速くなっている。感情が漏れている。


「本分を守ることに、意味があるのか。その問いが、この十三日間、我を苛んでいた」


 ヴァルゼンは驚いた。セラフィオンが——苦悩していた?


「神々の設計では、魔力循環の再起動は『圧倒的な魔力で結節点を貫通させる』方法が想定されていた。力による解決。だがお前がやったのは——結節点の詰まりを感知し、一つ一つ丁寧に解すという、真逆のアプローチだ」


「丁寧というか、それしかできないだけなんですが……」


「それしかできないことが、最適解であった。力で貫通させれば結節点は損傷する。だがお前の方法は、結節点を傷つけずに魔力を通す。強さでは不可能だったことを、弱さが可能にした」


 セラフィオンが——信じられないことに——膝をついた。


 地面に触れずに浮いていた裾が、初めて地に降りた。六枚の翼が静かに畳まれた。神使が、地に膝をつく。それがどれほど異常なことか、ザガンの息を呑む音が聞こえた。


「神の代理として、魔王ヴァルゼンの魔力循環再起動を正式に承認する」


「あの……承認って何ですか? 神様の許可がいるんですか?」


「形式だ」


「形式……」


「だが、形式にも意味がある。神々がお前を認めたということだ。力なき魔王を。設計から逸脱した存在を」


 エルヴィンが爆発した。


「神すら認めた最凶の魔王!」


「最凶じゃないです!」


「聞いたか、みんな! 神が——神の使者が——ヴァルゼンの前に膝をついたぞ! これが魔王の格というものだ!」


 エルヴィンの興奮が止まらない。グリゼルダが「落ち着けエルヴィン」と肩を抑えたが、本人もやや興奮気味だ。


 フェリクスがセラフィオンに質問した。


「一つ伺いたい。神々が承認するということは、再起動にあたって神使の協力も得られるということですか」


「限定的にだが、そうだ。最終段階で必要になれば——我が力を貸すこともあり得る」


 フェリクスの目が光った。神使の力が味方につくのは、戦略的に大きい。


 セラフィオンが立ち上がった。翼が再び光を散らし、少しずつ浮き上がっていく。


 去り際に、振り返った。


「……面白い魔王だ」


 金色の瞳に、何かが浮かんでいた。


 紋様が回転している。いつもと同じ動きのはずだ。だが——翼の光が、ほんの一瞬だけ、温かい色に変わった。白銀ではなく、淡い金色に。


 笑っていた。


 初めて、神が笑った。


 セラフィオンの姿が光の中に消えた後、ヴァルゼンはしばらく空を見上げていた。


「……あの人、ちょっと変わりましたね」


「人ではない。神使だ」


 ザガンが訂正した。だがその声には、小さな笑いが混じっていた。


「しかし——ええ。変わりましたな。我が王の傍にいると、神すら変わる」


(僕が変えたんじゃなくて、勝手に変わったんだと思うんだけど……)


 いつも通りのツッコミを飲み込んで、ヴァルゼンは歩き出した。


 最後の要所まで、あと半日。


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