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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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全ては伏線だった

 全ては伏線だった


 翌朝、ヴァルゼンは仲間の前で口を開いた。


 焚き火はもう消えていた。灰と炭だけが残る焚き火跡の前に、全員が集まっている。朝の冷たい空気の中、緊張した面持ちの者もいれば、心配そうな顔の者もいる。昨夜の涙を見た後だ。魔王が泣いた——その衝撃は一晩経っても消えていなかった。


 ヴァルゼンは深呼吸をした。一回。二回。三回。まだ心臓が早い。


「昨日、活性化作業の最中に——世界全体の魔力の流れが見えました」


 静寂。風の音だけが崖の上を吹き抜けていく。


「その中に——僕たちがこれまで旅してきた道が、全部、魔力の結節点を繋ぐ道になっています」


 さらなる静寂。海鳥の鳴き声が遠くから聞こえた。


 フェリクスが最初に動いた。


「魔王殿。今の発言を、もう少し具体的にお願いできますか」


 声が平静を装っているが、モノクルの位置を直す手が微かに震えていた。


「旅の序盤で逃げた道。王都での日々で遊説した道。試練の時で試練を受けた道。全部が——魔力循環の結節点を通っていて、その間を光の線で繋いでいるんです。まるで——一筆書きで道を敷いたみたいに」


 フェリクスの手が止まった。


 ゆっくりと、地図を広げた。旅の記録帳を開いた。旅の序盤からの全行程が記された分厚いノートを、震える手でめくった。何百ページもの記録。一日も欠かさず書き続けてきた旅の軌跡。


「……照合します」


 フェリクスがペンを走らせた。


 旅の序盤の逃走経路を地図にプロットした。赤い線が走る。王都近郊から北東へ、東へ、南へ。恐怖に駆られて走り続けた道。その線が、第一の要所と第二の要所を通過している。


 王都での日々の遊説経路。青い線が走る。南部の港町から西の山脈へ、そして中央の交易都市へ。人々と出会い、語らい、誤解を重ねた道。第三と第四の要所を通過している。


 試練の時の試練の旅路。緑の線。大陸東部の辺境から魔族領の入口まで。仲間と共に困難を乗り越えた道。第五と第六の要所を——そして、まだ行っていない第七と第八の要所の近くまで伸びている。


 三本の線が、地図の上で八つの要所を繋いでいた。


 一つの道になっていた。


 フェリクスのペンが止まった。ペン先が紙の上で震え、インクの点が一つ落ちた。


「…………嘘だろう」


 フェリクスが初めて、敬語を忘れた。


「全行程だ。旅の序盤から今日まで、全ての移動経路が——魔力循環の結節点を最適な順序で通過している。しかもただ通過しているだけじゃない。結節点間を最も効率的に繋ぐ経路を選んでいる。偶然の確率は——計算するまでもない。あり得ない」


「でも、偶然なんです」


 ヴァルゼンは言った。嘘ではなかった。自分は何も意図していない。逃げた道は怖いから逃げた道で、遊説した道は人に会いに行った道で、試練の道は仲間と一緒に歩いた道だ。


 計算なんて、一切ない。戦略なんて、持っていない。ただ怖くて、ただ優しくて、ただ仲間と一緒にいたくて——歩いた道だ。


「偶然——」


 フェリクスが呟いた。


「偶然なのか。本当に偶然なのか」


 フェリクスの視線が手帳に落ちた。旅の初日の夜に書いた「偶然だろう」の文字。十日目の夜に書いた「偶然の限界値を超えている」の文字。そして今、目の前に広がる地図が突きつける現実。


「……ああ。偶然なのだろう。魔王殿は意図していなかった」


 フェリクスが深く息を吐いた。モノクルを外し、手の甲で目を拭った。


「だとすれば——魔王殿の魔力感知が、無意識に『魔力の流れが良い道』を選び続けた結果だ。逃走中も、遊説中も、試練の中でも。本能が——あるいは魔王の血統が——世界の魔力循環を感じ取り、最適な経路を歩かせていた」


 フェリクスのペンが紙の上を滑った。計算式が走り、結論が記される。


「340日分の布石だと?」


 その声には、畏怖が混じっていた。


 エルヴィンが立ち上がった。


「ヴァルゼン……お前は」


 何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。金色の勇者が、珍しく黙っている。言葉が見つからないのだ。いつもは真っ先に声を上げる男が、沈黙している。それだけで、この発見の重さがわかった。


 グリゼルダが拳を膝に置いた。


「つまり——陛下がこの一年で歩いた全ての道が、世界を救う回路だったということですか」


「そう、なります」


 フェリクスが頷いた。


 ミラベルが口を押さえた。涙がぽろぽろと溢れている。声にならない嗚咽が漏れた。


「あなたの善良さが……あなたの臆病さが……選んだ道が……」


 その先は声にならなかった。


 ヴァルゼンは黙っていた。


 意図していなかった。計算もしていなかった。ただ怖くて、ただ優しくて、ただ仲間と一緒に歩いていただけだ。


 それが——世界を救う道だった。


 偶然だ。全部偶然だ。


 だがその偶然が——これほど美しいものになるとは、思ってもいなかった。


 フェリクスがペンを置いた。手帳を閉じた。そしてヴァルゼンの目を見た。


「魔王殿」


「はい」


「あなたという人は——本当に、分析が追いつかない」


 それは、フェリクスの最大級の賛辞だった。


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