表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
283/324

自発的な守り手

 自発的な守り手


 第五の要所は、大陸南部の交易都市ラドミアの近郊にあった。


 ラドミアは港に面した大きな都市で、大陸各地から商人が集まる交易の要衝だ。石畳の大通りに色とりどりの市場が並び、港には帆船がずらりと停泊している。試練の時で虚淵の大規模拡大が起きた時、ヴァルゼンたちが駆けつけて——正確にはヴァルゼンの魔力感知が侵食の弱点を見抜いて——住民の避難と反撃の糸口を作った都市だ。


 あの日、侵食は市街地の東半分まで迫っていた。何千人もの住民が西へ逃げ、港は避難民で溢れかえった。ヴァルゼンの感知がなければ、侵食の弱点を突くことはできず、都市全体が飲み込まれていたかもしれない。


 到着して、ヴァルゼンは目を疑った。


 要所の周囲に、人がいた。


 百人、二百人——いや、もっと。都市の住民たちが、要所を取り囲むように立っていた。武装した者もいれば、普段着のままの者もいる。子供を背負った母親、杖をついた老人、商人風の男たち、港の漁師、市場の露天商。年齢も職業もばらばらの人々が、要所の周りに自然と集まっている。


 組織されたものではなかった。制服もなければ、指揮系統もない。ただ人々が、自分の意志で、ここに来ていた。


「な、何ですかこれは……」


「魔王様が来ると聞いて」


 群衆の中から、恰幅のいい中年の女性が歩み出てきた。ラドミアの市長、マリエンだ。試練の時の危機の時に一緒に避難計画を立てた人だった。あの時は鬼気迫る表情だったが、今日は穏やかに微笑んでいる。


「住民たちが自発的に集まったのです。要所の周辺に怪しい者が近づかないよう、見張りをしたいと。三日前から交代で見張りを続けています」


「自発的に? 僕は何も頼んでないですよ」


「ええ。だからこそ」


 マリエンが微笑んだ。


「あの時救ってもらった恩を返したい——皆、そう言っているのです。魔王様が来る前に、要所を安全にしておきたいと。誰が言い出したわけでもなく、自然と人が集まりました」


 ヴァルゼンは振り返った。群衆の一人一人が、ヴァルゼンを見ていた。


 敵意はない。恐怖もない。そこにあるのは——感謝と、信頼と、ほんの少しの誇らしさだった。「自分たちの魔王」を迎える誇り。命令されたからではなく、自分の意志でここに立っている誇り。


「魔王様のおかげで、私の子供は生きています」

「あの日、避難誘導してもらえなかったら、この市場は消えていた」

「だから今度は、私たちが魔王様のために動きたい」


 一人、また一人と声が上がった。


 ヴァルゼンは命令していない。指示もしていない。報酬を約束したわけでもない。


 それなのに、人が集まった。


 グリゼルダが静かに呟いた。


「魔王の威光に自然と人が集まる。これがカリスマか」


(カリスマじゃないです。この人たちが優しいだけです)


 だがそのツッコミは、胸の奥に留めた。今はそれを言うべき時ではない気がした。


 活性化作業が始まった。


 ヴァルゼンは目を閉じた。


 結節点の構造が浮かび上がる。今回は五分で全容を把握できた。もう迷いはない。魔力の流れに触れ、詰まりを解し、道を通す。


 作業中、不思議な感覚があった。


 周囲の人々の——気配。魔力ではない。もっと漠然とした、温かいもの。何百人もの人が自分を見守っている気配が、魔力感知の端に触れていた。祈りに似たもの。期待に似たもの。信頼に似たもの。


 怖くなかった。


 いつもは目を閉じると怖い。世界がぐにゃりと歪んで見えるから。だが今回は、周囲の温かい気配に包まれて、怖さが薄れていた。守られている。この人たちに、守られている。


 四分三十秒。


 最速記録だった。


 目を開けた。


 要所が光を宿している。淡い光が地面から立ち上り、周囲の空気を浄化するように広がっていく。光が広がった場所では、侵食で枯れていた草が芽を吹き返し、黒ずんでいた土が本来の色を取り戻していた。


 拍手は——なかった。


 代わりにあったのは、涙だった。


 目の前の住民たちが、泣いていた。老人が。母親が。子供が。商人が。静かに、声を殺して、涙を流していた。


「……え」


 ヴァルゼンは戸惑った。なぜ泣いているのかわからなかった。


 マリエンが涙を拭きながら言った。


「光が——あの日失われた光が、戻ってきた。魔王様、あなたが戻してくれた」


 あの日。虚淵の侵食でラドミアの周辺が枯れた日。草が枯れ、花が散り、空が曇った日。子供たちが怯え、老人たちが嘆いた日。


 今、要所から溢れた光が、枯れた大地に色を取り戻していた。


 草が——芽吹いていた。


「……あ」


 ヴァルゼンの目にも、涙が滲んだ。


 ミラベルはとうに号泣していた。グリゼルダは拳を握りしめ、目を伏せている。エルヴィンは唇を噛み、空を仰いでいた。フェリクスはモノクルを外し、手の甲で目を拭っていた。


 ザガンだけが、静かに微笑んでいた。


「陛下。これが、あなたの力です」


 その言葉が——今は、少しだけ信じられた。


 第五の要所、活性化完了。


 残り三つ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ