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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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未来が見える魔王

 未来が見える魔王


 聖泉の谷での活性化作業は、風見の丘よりもスムーズに進んだ。


 谷は深い緑に覆われた穏やかな場所で、名前の通り清らかな泉が湧いている。泉の底は透き通って見え、水面が木漏れ日を反射して銀色に揺れていた。王都での日々で立ち寄った時にはただの美しい谷だったが、今回は魔力感知で見ると違った。泉の下に巨大な結節点が眠っていた。


 二度目ともなれば、手順は掴めている。目を閉じ、魔力感知を全開にし、結節点の構造を読み取り、詰まりを解す。風見の丘では十二分かかった作業が、今回は八分で終わった。泉の水が一瞬だけ黄金色に輝き、谷全体に温かい風が吹き抜けた。


 フェリクスが「学習速度が異常だ」と手帳に書き込んでいたが、ヴァルゼンは気づかなかった。


 問題は、活性化の途中で起きた。


 目を閉じて魔力感知を使っている最中、ヴァルゼンの意識の端に——異質な気配が引っかかった。


 不快だった。魔力の流れとは明らかに異なる、冷たくて、空虚で、何かを飲み込もうとするような——虚淵ニヒラムの気配。


 谷の北東、二百メートルほど先。地中を這うように近づいてきている。ゆっくりと、だが確実に。地面の下を蛇のように這い進むその気配は、活性化作業で生じた魔力の波動に引き寄せられているようだった。


(……来てる)


 背筋が凍った。ここに来ている。虚淵の小規模な侵食が、活性化作業の魔力に引き寄せられるように接近している。蛾が光に群がるように——だがこの蛾は、光そのものを飲み込む。


 ヴァルゼンは目を開けた。


「あの……みんな、ちょっと離れてもらえますか?」


 声が震えていた。だが声色の震えを、全員が「緊迫」と受け取った。魔王が声を震わせている——よほどの脅威に違いない、と。


「どうした、ヴァルゼン?」


 エルヴィンが聖剣を抜いた。金属が鞘を擦る音が谷に響いた。


「北東です。二百メートルくらい先、地中から……何か来ます。速度は遅いですけど、あと三十秒くらいで地表に出ると思います」


 全員が動いた。グリゼルダが前衛に立ち、大剣を構えた。エルヴィンが聖剣を正面に構え、フェリクスが防御魔法の術式を編み始める。ガロンたちが周囲のテオドリクスの信徒や住民を避難させた。一瞬で戦闘態勢が整う。何百日もの冒険で培われた連携だった。


 三十秒後。


 ヴァルゼンが指した方角の地面が、黒く染まった。


 虚淵の侵食だ。直径五メートルほどの黒い染みが地面に広がり、草を枯らし、土を腐食させながら膨張していく。黒い染みの中から、歪んだ形状の魔物が這い出てきた。虚淵の眷属だ。


「来たぞ!」


 エルヴィンが斬り込んだ。聖剣の光が虚淵の魔物を切り裂き、聖属性の輝きが闇を焼く。フェリクスの浄化魔法が追い打ちをかけ、黒い侵食を白い光で押し返す。グリゼルダが大剣で地面ごと侵食域を叩き割った。


 一分もかからず、侵食は消えた。小規模なものだったのだ。


 だが問題は——その後の反応だった。


「ヴァルゼン、すごいぞ! 侵食が来る前に気づいたのか!」


「未来が見えるのか、ヴァルゼン様?」


 グリゼルダが真剣な目で尋ねた。大剣を肩に担ぎ、蒼灰色の瞳がまっすぐヴァルゼンを見つめている。


「見えてないです。ただ、嫌な感じがしただけで」


「嫌な感じ、で三十秒前に正確な方角と距離を当てたのですか? しかも地中の侵食を、地表に出る前に」


 フェリクスの指摘は鋭かった。確かに、「嫌な感じ」にしては具体的すぎる。方角も距離も、地表に出るまでの時間も、全て正確だった。だが本当にそうとしか言いようがないのだ。嫌な感じがして、怖くて、だから感知を研ぎ澄ませた。それだけだ。


「見えたんじゃなくて、感じただけなんですけど……」


「感じるのと見えるの、何が違うんだ? すごいだろ!」


 エルヴィンが力強く断言した。反論できなかった。反論の余地がない。感じるのと見えるのは確かに違うのだが、結果が同じなら区別に意味はない。


 ガロンたちが戻ってきた。


「さすがは魔王陛下。危機を事前に察知し、全員を退避させるとは。やはり未来をご覧になれるのですね」


「見えてないんですが……」


「ガロン殿、魔王は未来が見えるのではない」


 ザガンが静かに割って入った。老臣の声は穏やかだったが、どこか誇らしげだった。


「世界そのものの脈動を感じ取っておられるのです。未来予知などという矮小な能力ではありません」


(ザガン、フォローしてるようで全然フォローになってないんですが。むしろ格上げされてるんですが)


 結局、「未来が見える魔王」伝説がまた一つ追加された。


 テオドリクスの信徒たちが遠巻きに「聖なる魔王は未来視まで……」と囁き合っているのが聞こえた。あの教団に伝わったら、来月には大陸中に広まるだろう。


 ヴァルゼンは深く、深く溜め息をついた。


 第二の要所、活性化完了。


 だが虚淵は健在だ。活性化された要所の周辺からは侵食が退いたが、世界全体を見れば、虚淵はいまだに拡大を続けている。


 時間は、あまりない。


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