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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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聖なる魔王のお通り

 聖なる魔王のお通り


 第二の要所、聖泉の谷へ向かう街道で異変が起きた。


 前方に人だかりができている。


 最初は市場の日かと思った。だが違う。二十人、三十人——いや、百人以上だ。街道の両脇に整列し、白い法衣を纏った者たちが道を掃き清めている。花弁が撒かれ、香炉から甘い煙が立ち上り、聖歌が響いていた。鈴の音が風に乗って流れてくる。


 祭りだ。それも宗教的な祭り。


「……何事ですか」


 ヴァルゼンは嫌な予感がした。嫌な予感は大抵当たる。特に自分に関する場合は的中率が異常に高い。


 人だかりの中央から、恰幅の良い壮年の男が歩み出てきた。豪華な法衣を纏い、胸に巨大な聖印をぶら下げている。額には汗が光り、満面の笑みを浮かべていた。法衣の金糸が日光を反射して眩しい。


 王都での日々で出会った大神官、テオドリクスだ。


「おおおお! 魔王様! お待ちしておりました!」


 テオドリクスが両手を広げた。体格のいい壮年男性が両手を広げて突進してくる光景は、なかなかの迫力だった。ヴァルゼンは反射的に後ずさりしたが、エルヴィンの壁に阻まれた。


 テオドリクスの後ろで、百人を超える信徒たちが一斉にひれ伏した。


「聖なる魔王のお通りだーーー!」


 街道にこだまするその声を聞いて、ヴァルゼンの胃が裏返った。


「聖なるとか言わないでもらえると……」


「ご謙遜を!」


 テオドリクスが拒否を華麗に無視した。この男は耳が良いのか悪いのか、聞きたいことしか聞こえない体質のようだ。王都での日々の時もそうだった。ヴァルゼンが何を言っても、自分に都合のいい解釈だけを吸い上げる。神官としての才能なのか、それとも単なる性格なのか。


「宗教的見地から言えば、あなた様は聖魔一体の存在です! 魔の名を冠しながら聖なる行いを為す——これぞ神の御業みわざの体現! 信徒たちもそう確信しております!」


「全然違うんですけど……」


「さあさあ、こちらへ! 聖泉の谷までの道は、我々が全て清めてございます! 三日かけて清掃し、浄化の儀式も済ませました!」


 三日。この男もまた三日前から準備していたのか。


 パレードが始まった。


 街道を歩くヴァルゼンの左右に信徒たちが並び、花弁を撒き、聖歌を唱え、道を清め続ける。信徒たちは真剣そのもので、法衣の裾が汚れるのも厭わず、石を拾い、水を撒き、花を捧げている。その献身ぶりは敬虔と呼ぶにふさわしかった。


 エルヴィンは「おお、壮観だな!」と楽しそうにしており、グリゼルダは「宗教組織の動員力は侮れん」と感心していた。フェリクスは「社会学的に興味深い現象だ」と手帳に書き込んでいる。ガロンたちは困惑しながらも行列に加わっていた。


 ミラベルだけが複雑な顔をしていた。同じ聖職者として思うところがあるのかもしれない。


「テオドリクス様、これは少しやりすぎでは……」


「何を仰る、ミラベル殿! 世界を救う魔王の行軍に、これしきの歓待は当然です! むしろ足りないくらいです! 本当は騎馬隊による先導も考えていたのですが、馬が集まらなくて——」


「騎馬隊はやめてください」


 ヴァルゼンが即座に却下した。


 歓待の域を超えている気がするが、誰もテオドリクスを止められなかった。宗教的情熱というのは、理屈では制御できないものらしい。


 パレード状態のまま聖泉の谷に到着した頃には、ヴァルゼンは精神的に疲弊しきっていた。聖歌を三時間聞き続けるのは、ある種の拷問だった。耳の奥でまだ旋律が鳴っている。


 谷に降りると、テオドリクスが真剣な顔になった。さっきまでの躁状態が嘘のように、落ち着いた表情だ。


「魔王様。実は、この要所の管理を我々にお任せいただきたいのです」


「え?」


「我が教団は各地に支部を持ちます。大陸内に百二十三の支部、信徒数は十万を超えます。活性化された要所を維持・管理する人員と資金を、我々が提供いたします。要所周辺の清掃、巡回警備、定期的な魔力測定——全てお任せください」


 これは予想外だった。パレードは迷惑だったが、この申し出は実務的に有用だ。


 フェリクスが目を光らせた。


「なるほど。教団の組織力を要所管理に活用する……悪くない提案です。むしろ、僕たちだけでは手が回らない部分をカバーできる」


 テオドリクスが胸を張った。


「もちろん、見返りは求めません。ただし——」


「ただし?」


「活性化された要所に、『聖なる魔王の加護の地』という名前をつけさせていただけると——」


「それは駄目です」


 ヴァルゼンが珍しく即答した。これだけは譲れない。


 テオドリクスが残念そうな顔をしたが、すぐに持ち直した。立ち直りの早さも大神官の才能だろう。


「では、『魔王の加護の地』で!」


「それも駄目です」


「『加護の地』!」


「……まあ、それなら」


 テオドリクスが満面の笑みを浮かべた。勝負に負けて試合に勝ったような顔だ。いや、最初から「加護の地」が本命だったのかもしれない。交渉術に長けた神官だ。


 パレードの一団が去った後、ようやく静寂が戻った。


 ヴァルゼンは深く溜め息をついた。


「疲れた……聖歌より疲れた……」


 エルヴィンが笑った。


「だが、心強い味方ができたじゃないか。大陸中に百二十三の支部を持つ組織だぞ」


 それは認めざるを得なかった。テオドリクスの教団は、大陸中に支部を持つ巨大組織だ。その組織力が味方についたのは、確かに大きい。


 パレードは嫌だが。聖歌も嫌だが。


「聖なる魔王」の称号だけは、何とかして撤回させたかった。


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