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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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規格外の感知

 規格外の感知


 風見の丘は、名前の通り風が吹き抜ける小高い丘だった。


 標高は百メートルほどだが、周囲に遮るものがないため見晴らしが良い。草原が風に波打ち、遠くには蛇行する河が銀色に光っている。のどかな風景だ。旅人が弁当を広げるにはうってつけの場所だろう。


 だが今、そこに吹いているのは風ではなかった。


 魔力の淀みだ。


 丘の頂上付近に渦を巻くように集まった魔力が、歪んだ気流のように空気を震わせている。一般人には見えないが、魔力感知を持つ者には不快な圧として感じられるはずだった。草が不自然に揺れ、虫の声が途切れている。


「ここが第一の要所か」


 エルヴィンが聖剣の柄に手をかけた。目に見える敵がいないことに戸惑っているようだ。金髪の勇者は、斬れる相手には無類の強さを発揮するが、斬れない相手にはめっぽう弱い。


「斬れないタイプの相手は苦手だな……」


「エルヴィン、今回は剣を収めてください。ここは魔力の問題です」


 フェリクスがモノクルを調整しながら丘を見上げた。レンズの奥で術式が回転し、魔力の流れを可視化している。紺色のローブの裾が風に翻り、手帳を握る指が白くなっていた。


「なるほど。循環の結節点が詰まっている状態ですね。魔力が滞留し、周囲の環境に悪影響を及ぼしている。草原が枯れかけているのはその影響でしょう。これを解消して魔力を通せば、活性化は完了するはず——ですが」


「ですが?」


「詰まりの構造が複雑すぎます。何層にも絡み合っていて、どこから手をつければいいのか……。毛糸の塊を想像してください。数十本の糸が絡み合い、どの糸がどこに繋がっているか外からは判別できない。僕のモノクルでも全容が把握できない」


 フェリクスが珍しく苦い顔をした。分析できないことが彼にとってどれだけの屈辱か、ヴァルゼンにはわかっていた。知の探究者にとって「わからない」は敗北宣言に等しい。


「あの、僕が見てみてもいいですか」


「……魔王殿が?」


「はい。なんとなく、わかるかもしれないので」


 なんとなく。自分でもそうとしか言いようがなかった。ただ丘を見ていると、魔力の流れが——見える。正確には「感じる」のだが、それは視覚に近い精度だった。フェリクスのモノクルが映し出す可視化データよりも、もっと鮮明に。


 ヴァルゼンは目を閉じた。


 途端に、世界が変わった。


 視界の代わりに広がったのは、魔力の地図だった。丘の中心に渦巻く巨大な結節点。そこから放射状に伸びる魔力の流れ。詰まっている箇所。歪んでいる箇所。そしてそれらをほどくための——手順。


 糸が絡まった毛糸玉のように見えた。だが、どの糸を引けば全体がほどけるか、不思議とわかった。端から順に、一本ずつ。まるで自分の手の中にある毛糸を触っているかのように。


「……ここの、三層目の流れを先に動かして。次に右側の二層目。それから中心の結び目を——左に回すような感じで。最後に表層の膜を薄くすれば、全部通ります」


 目を閉じたまま、口頭で説明した。


 沈黙が降りた。風の音だけが丘を吹き抜けていく。


 目を開けると、フェリクスが固まっていた。モノクルの向こうの瞳が、大きく見開かれている。手帳を持つ手が完全に止まっていた。


「……魔王殿。今、何をしましたか」


「え、見ただけですけど」


「見た。見た、と。僕のモノクルが解析に三十分かけて把握できなかった構造を、目を閉じて十秒で——全部? 解法まで込みで?」


「え、普通じゃないんですか? 前からこんな感じでしたけど……」


 フェリクスのペンが落ちた。草の上に転がった。拾わなかった。拾う気力がないようだった。


 グリゼルダが息を呑んだ。蒼灰色の瞳に、畏怖の色が浮かんでいる。


「……隠していた真の力が、ついに覚醒したのですか」


「隠してないです。覚醒もしてないです」


「さすがは魔王殿。この精度の魔力感知は、理論上あり得ない」


 フェリクスが呟いた。声に震えが混じっている。知性で世界を理解しようとしてきた男が、知性では理解できない現象を目の当たりにしている。


「あり得ないんです。三層構造の魔力結節を、外部観測だけで内部の解法まで導き出す——そんな感知精度は、過去の文献にも記録がない。学院の理論でも想定されていない」


「いや、あの、本当にただ見ただけで……」


 エルヴィンが感極まった顔で腕を組んだ。


「やはりな。最凶の魔王が本気を出し始めたということだ」


「出してないです。本気も何も——」


 ミラベルが潤んだ目でヴァルゼンを見つめた。


「ヴァルゼン様……ずっと、この力を隠していたんですね。お辛かったでしょう……」


「辛くないです。隠してもないです」


 誰も聞いていなかった。いつも通りだ。


 フェリクスがようやくペンを拾い、手帳を開いた。震える字で何かを書き込んでいる。


 ヴァルゼンは見なかったが、そこにはこう記されていた。


「……あり得ない。だが、あり得ている」


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