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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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偶然の一致

 偶然の一致


 旅の初日の夜、野営地でフェリクスが地図を広げた。


 篝火の明かりに照らされた羊皮紙の上には、八つの赤い印と、それらを結ぶ青い線が引かれている。フェリクスが算出した最適巡回ルートだ。


 一行は街道沿いの草原に陣を張っていた。エルヴィンが火を起こし、グリゼルダが見張りの順番を決め、ミラベルが簡素な食事を用意している。旅の手際は手慣れたものだ。何百日もの冒険で培われた連携が、自然と機能している。


「改めて整理しましょう。魔力循環の要所は全部で八つ。それぞれが世界の魔力の結節点であり、ここに魔力を通すことで循環が再起動する——理論上は」


「理論上は、というのが怖いんですけど」


「未知の現象ですからね。理論的確証がないのは仕方ありません。ただ、虚淵の侵食メカニズムと魔力循環の関係については、僕なりに仮説を構築しています」


 フェリクスの説明は丁寧だが長い。ヴァルゼンは半分も理解できなかったが、要するに「要所を活性化すれば虚淵の拡大を止められる可能性がある」ということらしい。


 フェリクスの指が地図の上を滑った。一つ目の赤い印を指差す。


「第一の要所、風見の丘。ここはかつて旅の序盤で——」


 指が止まった。


 モノクルの奥で、フェリクスの瞳が微かに動いた。何かに気づいたような、しかし確信が持てないような、曖昧な表情だった。


「……魔王殿。この場所に見覚えはありますか」


「え? ああ、なんだか聞いたことがあるような」


「旅の序盤で我々が逃走——いえ、戦略的転進をした際に通過した丘です」


 ヴァルゼンは首を傾げた。言われてみれば、確かにあの時、必死で走っていた道の途中に丘があった気がする。気がするだけで、あの時は命の危機で周囲を見る余裕などなかったが。景色を楽しむどころではなかった。後ろから何かが追いかけてきていて、前だけを見て走っていた。


 フェリクスの指が次の赤い印に移った。


「第二の要所、聖泉せいせんの谷。ここは王都での日々で大神官との会合に向かう途中に立ち寄った場所です」


「あ、あの温泉があった谷ですか」


「温泉ではなく聖泉です。……まあいいでしょう。第三の要所は——」


 フェリクスが次々と指を動かした。第三、第四、第五。そのどれもが、これまでの冒険で通過した場所と不自然なほど一致していた。


 八つの要所のうち、少なくとも六つは過去の旅で近くを通っている。残りの二つも、移動ルートの延長線上にあった。


 モノクルの奥で、フェリクスの瞳が細くなった。分析者の目だ。データの中に異常値を見つけた時の、あの目。


「……興味深い」


「何がですか?」


「偶然です。偶然にしては、一致率が高すぎる」


 フェリクスは手帳を取り出し、何かを書き込んだ。ペンが紙を引っ掻く音だけが夜の静寂に響く。篝火がぱちぱちと爆ぜ、火の粉が暗い空に舞い上がる。


「しかし、偶然でなければ何なのか。魔王殿がこのルートを意図的に選んでいたとでも?」


「選んでません。断じて選んでません」


「ですよね」


 フェリクスの表情は微妙だった。「偶然だ」と結論づけたいのに、知性がそれを許さない。分析者のごうのようなものが、彼の眉間に皺を刻んでいる。合理主義者にとって、「偶然にしては出来すぎている」という状況は、虫歯のように気になり続けるものらしい。


「……偶然でしょう。ええ、偶然です」


 自分に言い聞かせるように呟いて、フェリクスは手帳を閉じた。だが閉じた手帳を、すぐにまた開いた。何か書き加えたい衝動に負けたようだ。


 ヴァルゼンはその横で、ぼんやりと地図を眺めていた。


 八つの赤い印。それを結ぶ青い線。


 なんだろう。奇妙な感覚があった。


 地図を見ていると、赤い印と印の間に——何かが見える。見えるというか、感じる。ぼんやりとした、暖かい流れのようなもの。水が低い場所に向かって流れるように、何かが一つの方向に向かって動いている。目で見えるものではない。だが魔力感知の端っこが、微かにそれを捉えていた。


(なんか変な感じがする……)


 魔力感知が反応しているのだろうか。だが、こんなに遠い場所の魔力が感じられるはずがない。気のせいだ。たぶん。


「この道、前に通った気がする」


 何気なく呟いた言葉に、フェリクスの肩がぴくりと動いた。


「……今、何と?」


「え? いや、何でもないです。気のせいです」


 フェリクスは無言でもう一度手帳を開き、何かを書き加えた。ペンの動きがさっきより速い。


 篝火の向こうでは、エルヴィンが既にいびきをかいて寝ている。豪快な寝息が夜の草原に響いていた。グリゼルダが岩の上に座って見張りに立ち、ミラベルが毛布にくるまって穏やかな寝息を立てている。


 ザガンだけが暗がりの中で静かにヴァルゼンを見つめていたが、ヴァルゼンはそれに気づかなかった。


 ザガンの琥珀色の瞳に、篝火の光が揺れていた。


 老臣の尾が、微かに——本当に微かに——揺れた。


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