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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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出発の朝

 出発の朝


 試練の時の全てが終わった翌朝、ヴァルゼンは宿屋のベッドの上で天井を見つめていた。


 魔王を引き受けた。


 自分の口で、自分の意思で、引き受けたのだ。


(……なんであんなこと言っちゃったんだろう)


 後悔が津波のように押し寄せてくる。昨夜は覚悟を決めた気分だったが、一晩寝たら覚悟が蒸発していた。覚悟というのは揮発性の感情なのかもしれない。朝日が昇る頃には跡形もなく消えている。


 しかし、言ってしまったものは取り消せない。


 のろのろとベッドから這い出し、顔を洗い、何度も繕った黒いローブに袖を通す。鏡を見ると、そこには世界の命運を背負うにはあまりにも頼りない青年が映っていた。灰がかった銀色の髪が寝癖で跳ね、淡い紫の瞳は不安で揺れている。額の小さな角は前髪に完全に隠れていた。


 魔王には、到底見えない。


 重い足取りで一階の食堂に降りると、パーティの全員がすでに朝食を終え、出発の準備を整えて待っていた。


「おはよう、ヴァルゼン!」


 エルヴィンが眩しい笑顔で迎えた。朝日よりも先に昇る男だ。金髪が窓から差し込む光を反射して、目を開けているのが辛い。


「今日から新しい旅の始まりだな。魔力循環の要所を巡り、世界を救う——最凶の魔王が動く時だ!」


 声が大きい。食堂中に響いている。他の客が振り返っていた。


「あの……本当に僕でいいんですか……?」


 心からの問いかけだった。弱い自分に、世界を救う資格があるのか。そんな大層なことが自分にできるのか。もっと適任の人がいるのではないか。


 しかし返ってくる反応は予想通りだった。


「やはり最凶の魔王は謙虚だ」


 グリゼルダが腕を組んで感嘆した。銀髪の女騎士は甲冑姿のまま朝食を済ませたらしい。いつ寝ているのか疑問だ。


「世界の命運を背負いながら、なお仲間をおもんぱかる。この器の大きさ、私には到底真似できません」


(器が大きいんじゃなくて自信がないだけなんですが……)


 フェリクスがモノクルの位置を直しながら口を開いた。手元には分厚いノートが開かれており、細かい文字がびっしりと書き込まれている。いつ準備したのだろう。


「魔王殿、ご安心ください。ルートの策定は僕が完了させています。要所は全部で八つ。巡回の順序も最適化済みです」


「は、八つ……」


 多い。普通に多い。


 フェリクスが羊皮紙の地図を広げた。テーブルいっぱいに広がるその地図の上に、赤い印が八つ打たれている。王都の北東にある風見の丘から始まり、東部の聖泉の谷、南部の鏡湖の岬、中央の朽ちた砦跡——そして大陸東端の断崖から、魔族領の奥地まで。


 大陸をほぼ一周する行程だった。


「全てを巡り終えるまで、最短でも二十日。ただし各要所での活性化作業に要する時間が未知数ですので、実際にはもう少しかかるかと」


「に、二十日……」


「加えて虚淵ニヒラムの侵食は日に日に拡大しています。時間的余裕は、正直なところ薄い」


 フェリクスが淡々と告げる。淡々としているが、その言葉の重みはヴァルゼンの胃に直撃した。


 ミラベルが隣でそっと手を合わせた。


「ヴァルゼン様、大丈夫です。私たちがずっとお傍にいますから」


 翡翠色の瞳が潤んでいる。まだ何も始まっていないのに。


「ミラベル殿、まだ泣くところではないかと……」


「すみません、つい……。でも、世界を救う旅の始まりなんですよ? 感動しないほうがおかしいです」


 ミラベルは帽子の鍔を引き下げて涙を隠した。大きなつば広の帽子が揺れている。


 ザガンが静かに歩み寄り、ヴァルゼンの前に膝をついた。暗灰色の角が篝火の朝日に照らされ、琥珀色の瞳がヴァルゼンを真っ直ぐに見つめている。


「陛下。この老臣、最後まで御供仕ります。どうかご安心を」


「ざ、ザガンまで大げさな……立ってください、お願いですから」


 慌てて引き起こそうとするが、ザガンの膝はびくともしない。四百年を生きた魔族の意志は、物理的にも動かし難いようだ。


「見ろ、忠臣が主君に忠誠を捧げている。これぞ魔王の器が生む求心力——」


「エルヴィン、お願いだから黙って」


 誰もヴァルゼンの懇願を聞いていなかった。いつも通りだ。


 出発前の最後の確認が終わり、一行は宿を出た。


 朝の陽光が街道を白く照らしている。荷物を背負い、武器を整え、旅の支度は万全だった。街道には朝露が光り、遠くの山脈が青く霞んでいる。世界を救う旅の始まりにふさわしい——のかもしれない。


 ヴァルゼンだけが、一人で不安に押しつぶされそうになっている。胃が痛い。足が重い。背中のローブが鎧のように重く感じる。


 フェリクスが地図を掲げた。


「まず第一の要所は、北東の『風見かざみの丘』です。王都から徒歩で三日ほど」


「さあ行くぞ、ヴァルゼン! 世界が俺たちを待っている!」


 エルヴィンが拳を突き上げた。聖剣の鍔が朝日を弾いて光る。絵に描いたような勇者の出陣だった。


(世界は待ってない。僕を待ってるのは胃痛だけだ)


 だがその足は、ちゃんと前に出た。


 怖い。不安だ。自信なんてかけらもない。


 それでも——この仲間たちと一緒なら、まあ、なんとか。なんとかなるかもしれない。ならないかもしれないが、少なくとも一人よりはましだ。


「……行きましょう」


 小さな声で呟いた。


 エルヴィンが振り返り、太陽のような笑顔を見せた。


「ああ。行こう」


 最後の旅の旅が、始まった。


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