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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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夜が更けても、ヴァルゼンは眠れなかった。

 夜が更けても、ヴァルゼンは眠れなかった。


 だが昨夜とは違う。一昨夜とも違う。あのときは不安で眠れなかった。恐怖で目が冴えていた。今夜は──何かが胸の中で形になろうとしていて、それを見届けたくて眠れなかった。


 テントを出た。

 夜空に星が散っている。南の空の虚淵の闇は変わらずそこにあったが、それ以外の空は澄んでいた。北斗七星がはっきり見える。冬の大三角形も。東の低い位置に、うっすらと夜明けの気配があった。


 焚き火はもう消えかけていた。熾火が赤く光っている。最後の薪が白い灰になりかけている。グリゼルダが組んだ薪は最後まで崩れない。


 ヴァルゼンは熾火の前に座った。


 一人では何もできない。

 それは変わらない。


 戦えない。魔法も使えない。剣を持てば腰が引ける。攻撃魔法は不発か暴発。ゴブリンにすら舐められる。走れば息が切れ、叫べば声が裏返り、怖い目に遭えば腰を抜かす。


 最弱の魔王。

 それが自分だ。変わらない。変えられない。ここまで来ても、それは変わらない。


 でも。


 仲間がいる。


 エルヴィンがいる。どんな敵が来ても「信じる」と言ってくれる男。誤解だらけで的外れだけど──いや、的外れだからこそ、その信頼は純粋だ。計算も打算もない。ただ信じる。それだけの、途方もない力を持つ男。


 グリゼルダがいる。武人の誇りを揺さぶられてなお、剣を捧げ直してくれた女騎士。自分とは全く違う道を歩む人が、それでも傍にいてくれる。「この方の道は歩めない」と言いながら、同じ方向を向いている。


 フェリクスがいる。全ての分析が崩壊しても、新しい結論を組み立て直した知恵者。自分の弱さを「遥かに恐ろしい」と評した男。あれは褒め言葉だったのだと思う。たぶん。フェリクスの褒め言葉は常に怖い。


 ミラベルがいる。最初から弱さに気づいていて、それでも傍にいてくれた僧侶。「弱いからこそ」──あの言葉が、今でも胸の中で温かく灯っている。夜の涙を知っていた。声を殺して泣いていた自分を、テントの中で一緒に泣いてくれていた。


 ザガンがいる。最初から全てを知っていて、それでも仕えてくれた参謀。先代魔王に仕え、その孤独を見届けた男が、今度は自分を──独りにしないと決めてくれた。二十年の悔恨を、ここで終わらせるために。


 そしてセラフィオンがいる。超然とした神使が、夜中にテントの前で浮かんでいるほどには気にかけてくれている。「お前に資質があった」と言ってくれた。世界が選んだと。


 一人では何もできない。

 それは変わらない。


 でも──。


「一人じゃないなら」


 声に出してみた。熾火に向かって。小さな声が、夜の空気に溶けた。


 先代魔王は一人だった。

 最強で、孤独で、一人で全てを背負って倒れた。

 ザガンが傍にいた。将軍たちがいた。だが──共に支える者はいなかった。先代の強さが、皮肉にも人を遠ざけた。


 自分はそうはならない。なれない。最弱だから、一人では何もできないから。

 だからこそ──仲間がいる。

 仲間がいるから、ここまで来られた。


 偶然か、必然か。その答えはまだ出ない。出なくていいのかもしれない。


 大事なのはそこじゃない。


 大事なのは──。


「自分で選ぶこと」


 ザガンの言葉が蘇った。魔王とは選ぶものだと。先代も、最後にはそう言ったと。


 これまでは選んでいなかった。

 押し付けられた魔王の座に、怯えながらしがみついていただけだ。バレたくない。追い出されたくない。一人になりたくない。そんな理由で。受動的に、消極的に。逃げの姿勢で。


 でも──もし、自分の意志で選んだら。

 逃げるのではなく。怯えるのではなく。しがみつくのではなく。

 自分から、手を伸ばしたら。

 自分から、魔王を引き受けたら。


 胸の中で、何かが固まりかけていた。

 まだ完全には形になっていない。だが──輪郭が見えてきた。


 まだ怖い。もちろん怖い。世界の魔力循環を再起動するなんて、想像するだけで胃がよじれる。失敗したら世界が終わる。そんな重圧に耐えられる自信は、まったくない。


 だけど。


 ヴァルゼンは深呼吸をした。

 冷たい夜気が肺を満たした。吐く息が白く曇った。


 焚き火の熾火が、ぱちりと音を立てた。小さな火の粉が夜空に舞い上がる。赤い光が闇に溶けていく。


 テントの方から、エルヴィンのいびきが聞こえた。豪快に。グリゼルダの規則正しい寝息も。フェリクスのペンが紙を走る音も──あの男はまだ起きて何か書いている。ミラベルの寝言が微かに聞こえた。「……ヴァルゼン様……大丈夫ですから……」と言った気がするが、空耳だろう。たぶん。


 仲間が、すぐそこにいる。

 手を伸ばせば届く場所に。


 ヴァルゼンは立ち上がった。


 夜風が止んでいた。

 世界が静かだった。虫の声も、風の音も、遠い獣の遠吠えも聞こえない。南の空の闇だけが、沈黙の中でじわりと広がっている。


 虚淵は待ってくれない。

 世界は壊れ続けている。自分が悩んでいる間にも、どこかの大地が裂け、どこかの泉が枯れ、どこかの村が闇に呑まれている。


 自分に何ができるかはわからない。

 できることが少ないのはわかっている。最弱なのはわかっている。


 だが──できることが少ないなら、できることだけをやればいい。感じて、繋いで、集める。それが自分にできる全てなら、それをやればいい。

 一人では足りない分は、仲間が補ってくれる。エルヴィンが剣を振り、グリゼルダが盾になり、フェリクスが術式を組み、ミラベルが傷を癒し、ザガンが策を巡らせてくれる。


 一人で全てを背負う必要はない。

 先代はそれを知らなかった。あるいは、知っていても実行できなかった。

 自分は──弱いから、最初からそうするしかない。


 弱さが、道を決める。


 答えはまだ、口にしていない。

 だが胸の中では──もう、決まりかけていた。


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