その日の夕方、全員が焚き火を囲んでいた。
その日の夕方、全員が焚き火を囲んでいた。
誰が集めたわけでもない。夕食の準備をしているうちに、自然と全員が同じ場所に集まっていた。いつものことだ。このパーティはいつも、気づけば焚き火の周りに全員が揃っている。誰かが号令をかけるわけでもなく、約束するわけでもなく。
エルヴィンが肉を焼いていた。串に刺した猪肉に、道中で摘んだ香草を振りかけている。この男の料理は見た目に似合わず繊細だ。火加減の調整がうまい。聖剣を振る腕で、焼き串を回す姿はどこか滑稽だったが、香ばしい匂いが漂い始めると文句は消えた。
グリゼルダが薪を組んでいた。几帳面に、均等に。焚き火の組み方にも武人の流儀があるらしく、薪が崩れることは決してない。
フェリクスが茶を淹れていた。旅の途中で手に入れた薬草茶だ。配合を自分で調整するあたり、何事にも分析を持ち込む男だった。
ミラベルがパンを切り分けていた。均等に。六人分──いや、セラフィオンの分もあるから七人分。神使は食事を必要としないはずだが、ミラベルは毎回分けている。
ザガンは少し離れた場所で静かに座り、セラフィオンは例によって浮いていた。焚き火の煙が神使の翼をすり抜けていく。実体がないのだ、あの翼は。
ヴァルゼンは焚き火の端に座っていた。
膝を抱え、炎を見つめていた。炎が揺れている。薪がぱちぱちと音を立てて燃えている。温かい。
まだ、答えは出していなかった。
覚悟を決めたとは言えなかった。
だが──逃げる気も、なくなっていた。いつの間にか。
エルヴィンが焼けた肉を皿に乗せ、ヴァルゼンの前に置いた。
「食え。腹が減っては戦はできん」
「戦わないんだけど……」
「細かいことはいい。食え。お前は食が細いんだから、食えるときに食え」
肉を一切れ口に運んだ。美味かった。絶妙な焼き加減だ。外はこんがり、中はしっとり。香草の風味が口に広がる。
食事が進むうちに、会話が生まれた。
いつもの夕食の風景だ。グリゼルダが明日の行程を確認し、フェリクスが天候の予測を述べ、ミラベルが薬草の備蓄を報告する。普通の。いつもの。日常の風景。
だが今日は、どこか違った。
会話の合間に、ちらりとヴァルゼンを見る視線がある。一瞬だけ。すぐに目をそらす。だが確かに、全員がヴァルゼンの様子を窺っている。答えを──待っている。
エルヴィンが急に箸を止めた。
「なあ、ヴァルゼン」
「なに」
「お前が行くなら、俺も行く」
唐突だった。
だが──唐突ではなかった。この男は、ずっとそれを言いたかったのだろう。夕食の間、何度も口を開きかけては閉じていた。エルヴィンにしては珍しいことだ。
「魔力循環の再起動だろうが何だろうが、お前が行く場所に俺も行く。聖剣は伊達じゃないぞ。道を切り拓くのは得意だ。──魔力循環はよくわからんが、邪魔する奴がいたら斬る」
エルヴィンが笑った。歯が光っていた。焚き火の光のせいか、本当に光っていた。
グリゼルダが薪を一本、焚き火にくべた。炎が大きく揺れた。
「この剣は、最後までお供する」
短い言葉だった。だがグリゼルダはそもそも、長い言葉を好まない。その一言に、武人の全てが込められていた。再び捧げ直した剣の誓い。二度目の誓いは、一度目より重い。
ヴァルゼンが何か言おうとする前に、フェリクスが茶を一口飲んで口を開いた。
「術式は私が管理する」
モノクルの奥の瞳に、静かな炎が映っている。
「魔力循環の再起動には精密な術式制御が必要になるはずです。力業で回す時代は終わった。理論と技術で支える。──賢者として、責務を果たします」
「フェリクス……」
「ただし、ヴァルゼン殿」
フェリクスが真顔で言った。
「今後は行動の意図を事前に共有していただきたい。分析が追いつかないのです。データなしに動かれると、モデルの再構築に支障が──」
「だから意図なんてないって言ってるのに!」
「はい、それも分析不能な事象の一つです。分析不能な事象を前提にモデルを組み直す──知的挑戦としては、悪くありません」
フェリクスが微かに笑った。賢者の冗談だった。たぶん。
ミラベルが、おずおずと手を上げた。帽子の縁が焚き火の光で揺れている。
「あの……癒しは、任せてください」
小さな声だった。だが芯があった。パンのナイフを膝の上に置き、両手を胸の前で組んでいる。祈りの姿勢だ。
「再起動の過程で、きっと負担がかかります。ヴァルゼン様の体にも、世界にも。傷が生まれます。痛みが生まれます。──その傷を癒すのは、私の仕事です」
帽子の下の翡翠色の瞳が、焚き火の光に揺れていた。
「微力ですけど。泣き虫ですけど。すぐ泣くし、すぐ転ぶし、戦えないし。──でも」
ミラベルの声が、強くなった。
「あなたの傍で、癒し続けます。何があっても」
ヴァルゼンの喉が詰まった。
ザガンが静かに立ち上がった。焚き火の反対側から、一歩だけ前に出て。
「魔族は──魔王に従います」
それだけだった。それで十分だった。二十年前、先代に仕えた男が。先代の孤独を止められなかった悔恨を抱えた男が。今度こそ、と。
焚き火がぱちりと音を立てた。
五人の仲間が──いや、セラフィオンの翼の明滅を含めれば六人分の意志が、焚き火の周りに集まっていた。
エルヴィンが行くと言い、グリゼルダが剣を捧げ、フェリクスが頭脳を預け、ミラベルが癒しを約束し、ザガンが忠誠を貫いた。
一人一人の宣言は短かった。
だがその一つ一つが、ヴァルゼンの胸に積み重なっていった。
重かった。
でも──温かかった。
先代魔王は、一人で世界を支えていた。
一人で全てを背負い、一人で倒れた。
傍に仕えた者がいても、共に支える者はいなかった。
自分は──一人じゃない。
その事実が、ヴァルゼンの中で何かを変え始めていた。
「みんな……」
声がかすれた。何を言えばいいかわからなかった。感謝の言葉が浮かんでは消える。どんな言葉も足りない気がした。
「泣くなよ」
エルヴィンが笑った。
「泣いてないよ」
泣いていた。少し。




