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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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エルヴィンが口を開いた。

 エルヴィンが口を開いた。


 それは、ヴァルゼンが膝をついてから最も長い沈黙の後だった。ザガンが語り、グリゼルダが揺れ、それでもまだ言葉を探していた男が、ようやく口を開いた。

 ヴァルゼンは知らなかったが、あの沈黙の間、エルヴィンは映像で見た全てを──自分の記憶と照らし合わせていたのだ。腰を抜かした場面を。逃げた場面を。命乞いをした場面を。


「だから何だ」


 短い言葉だった。

 だが、大広間の空気が一変した。光源石の光が揺れた。壁面の紋様が脈打った。


 ヴァルゼンが顔を上げた。

 目の前にエルヴィンがいた。碧い瞳が、真っ直ぐに──どこまでも真っ直ぐに、ヴァルゼンを見つめている。


「だから何だ」


 もう一度、同じ言葉。噛みしめるように。


「お前が弱いとか強いとか、そんなことはどうでもいい」


 エルヴィンの声は静かだった。いつもの叫ぶような熱さではなく、地面から湧き上がるような、深い静けさをたたえた声だった。ヴァルゼンはこの声を知らなかった。エルヴィンにこんな声が出せることを、知らなかった。


「お前は俺たちを助けた」


 一歩、近づいた。革靴が石畳を踏む音。


「お前は俺たちと一緒に戦った」


 もう一歩。


「お前がいなければ乗り越えられなかった場面が、いくつもあった。あの交渉も。あの判断も。あの夜、俺たちが道を見失いかけたときに、お前が『嫌な感じがする』と言ったあの一言も」


 エルヴィンの声に力が入り始めた。いつもの熱が、静かに、しかし確実に戻ってきていた。焚火に薪をくべるように、一言一言が火を大きくしていく。


「戦略じゃなかった? 知略じゃなかった? そうか。──だから何だ」


 碧い瞳に迷いはなかった。一片の曇りもなかった。


「結果は同じだろう。お前がいたから、俺たちは助かった。お前がいたから、俺たちはここにいる。お前がいたから──俺は、ここまで来られた。それが全てだ」


 膝をついたヴァルゼンの前で、エルヴィンが足を止めた。

 見上げるヴァルゼンの視界に、金髪と碧眼と、左頬の傷跡が映った。


「俺は──ヴァルゼンを信じる」


 その言葉が、大広間に響いた。

 石壁に反響し、天井に届き、光源石を震わせた。


 ザガンの目が細くなった。グリゼルダの肩が微かに震えた。フェリクスのモノクル越しの視線が鋭くなった。ミラベルの涙が、一粒、頬を伝って落ちた。


 セラフィオンの翼が──大きく明滅した。不規則なリズムで。金色の瞳の紋様が加速している。


「弱くたっていい。強くなくたっていい。そんなもんは俺が補う。俺だけじゃない、みんなが補う。パーティってのはそういうもんだろうが」


 エルヴィンの声が、元の熱を完全に取り戻していた。太陽のような、有無を言わせない熱。この男が「信じる」と言うとき、それは天地が動いても変わらない宣言だった。


 エルヴィンが手を差し出した。

 膝をついているヴァルゼンに向かって、大きな手を。傷だらけの、聖剣を振るい続けてきた手を。


「立て、ヴァルゼン」


 ヴァルゼンの視界が涙で滲んだ。

 差し出された手が霞んで見えた。あの日──森の街道で出会った日にも、この男は手を差し出してくれた。あのときはパニックで何も見えていなかったけれど。

 同じ手だ。同じ温かさだ。


 ヴァルゼンが震える手を伸ばそうとしたとき、エルヴィンが付け加えた。


「つーか、弱いわけないだろ」


 ヴァルゼンの手が止まった。


「あのときゼロコンマ三秒で俺に負けたのは手を抜いてたんだよな? あのスピードの中で、あの精密な負け方──普通の奴には無理だ。つまりお前はやっぱり手を加減して──」


「してないよ!」


 思わず叫んだ。涙声だった。声が裏返っていた。


「全力だよ! あれが全力! ゼロコンマ三秒で負けたのは純粋に弱いからだよ! 何でそこだけは絶対に認めないんだよ! 神の鏡で全部見たでしょ!?」


「ふっ……やはりな。謙虚すぎるんだ、お前は」


「謙虚じゃない! 事実だ! 事実を述べているだけだ!」


「その謙虚さすら戦略のうち。底が知れんな、ヴァルゼン」


「聞いてる!? 本当に聞いてる!?」


 エルヴィンが笑った。

 太陽のような笑顔だった。歯が光っていた。光源石のせいだけではない。この男の笑顔は、いつだって理屈を超えて眩しい。


「まあいい。強かろうが弱かろうが、お前は俺の認めた魔王だ。それは変わらない。絶対に変わらない」


 その手が、ヴァルゼンの手を掴んだ。

 力強く。温かく。有無を言わせぬ勢いで引き上げられ、ヴァルゼンは半ば放り投げられるようにして立ち上がった。


「ちょ、力強い、力強い! 肩外れる!」


「ははは! 鍛え方が足りんな!」


「足りないのは知ってるよ! だから弱いって言ってるのに!」


 ヴァルゼンは涙で滲んだ目で、エルヴィンの笑顔を見た。


 信じている。

 まだ信じている。あれだけの真実を見せられて、弱さを突きつけられて──それでも。


 誤解は解けていない。最後の最後まで「手を抜いていた」と思い込んでいる。だがそれは──もはや誤解なのか、信頼なのか。ヴァルゼンにはわからなかった。

 わからなかったが──胸の奥で、何かが温かく灯った。


 小さな灯だ。

 まだ、これで全てが解決したわけではない。グリゼルダの答えは出ていない。フェリクスは黙ったままだ。


 だが──一歩目が、踏み出された。


 エルヴィンの「信じる」が、沈黙を破った。


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