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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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鏡は止まらなかった。

 鏡は止まらなかった。


 映し出される映像は、王都での日々までの旅路をなぞるように進んでいく。ヴァルゼンの「伝説」の裏側が、次から次へと暴かれていった。

 一つの映像につき十秒か二十秒。短い。だがその一つ一つが、ヴァルゼンにとっては永遠のように長かった。


 国家間の調停で英断を下したとされた場面。

 映像の真実──怯えて何も言えなかっただけだ。交渉の席で、人間の国王と魔族の長老が睨み合う中、ヴァルゼンは椅子の上で完全に固まっていた。口を開こうとしたが声が出なかった。結果として生まれた長い沈黙が相手に「圧」を与え、勝手に譲歩を引き出した。

 映像の中のフェリクスが感嘆している。「この沈黙……計算し尽くされている。相手の焦りを引き出す高等技術だ」。計算などしていない。声が出なかっただけだ。


 魔物の群れを退けた場面。

 映像の真実──逃げる方向を間違えた。森の中でパニックになり、右に行くべきところを左に走った。結果的に魔物の弱点がある方向──背後の崖から挟み撃ちにできるポイントに突っ込んだだけだ。エルヴィンがその動きを「陽動」と解釈して完璧な追撃を決めた。

 映像の中のグリゼルダが剣を振るいながら叫んでいる。「ヴァルゼン殿の誘導、見事だ!」。誘導していない。


 窮地で仲間を鼓舞した場面。

 映像の真実──「ここにいたくない」と震える声で呟いただけだ。グリゼルダがそれを「この場にはまだ勝機がないと見切った。撤退の判断だ」と解釈し、全員が一斉に退避した。結果として敵の罠を回避できた。

 偶然だ。全て偶然だ。


 敵将を説得した場面。

 映像の真実──「お願いだからもう戦わないでほしい。怖いから」と泣きながら頼んだ。敵将はヴァルゼンの言葉に──ではなく、その背後に立つエルヴィンとグリゼルダの殺気に──従った。だがパーティの全員が「魔王の言葉で敵を屈服させた」と記憶していた。


 一つ一つの場面が映し出されるたびに、パーティメンバーの表情が変わっていく。層が剥がれるように。信じていたものが崩れるように。


 グリゼルダの手が震えていた。

 剣の柄を握る手が──あの鋼のような女騎士の手が。鎧が微かにかちゃりと鳴った。震えが金属に伝わっている。


「私の武人としての目は……節穴だったのか」


 小さな、しかし絞り出すような声だった。

 ヴァルゼンは聞いてしまった。聞きたくなかった。グリゼルダの声に含まれた動揺は、これまで一度も聞いたことがないものだった。戦場で致命傷を負ったときですら、この女騎士は声を震わせなかった。


 フェリクスは完全に黙り込んでいた。

 モノクルを何度目かにかけ直し、腕を組んだまま微動だにしない。分析家の頭脳が全力で再計算を走らせているのだろう。しかし、どれだけ計算し直しても、出てくる答えは同じだ。前提が間違っていた。根本から。


 全ての前提が間違っていた。


 ミラベルは泣いていた。

 だが──やはり、他のメンバーとは違う泣き方だった。ショックで泣いているのではない。何かを噛み締めるように、静かに涙を流している。帽子の縁を引き下ろして、表情を隠そうとしていた。その涙の理由は、他の誰にもわかっていないようだった。


 エルヴィンは──動かなかった。

 鏡を見つめたまま、腕を組んだまま、一言も発しない。碧い瞳に映る映像の光が揺れるだけだ。あの即答の男が、沈黙している。それだけで異常事態だった。


 ザガンだけが、変わらなかった。

 最初から最後まで、同じ無表情で映像を見つめている。驚いた様子もなければ、失望した様子もない。壁に背を預けた姿勢すら変わっていない。


 映像は終盤に差しかかっていた。


 最後に映し出されたのは、つい最近の場面だった。セラフィオンの第二の試練で、ヴァルゼンが「戦略」を見せた──とパーティが信じている場面。

 映像の中のヴァルゼンは、何の戦略も持っていなかった。パニックで走り回り、たまたま安全な場所に辿り着き、たまたま仲間の布陣が完成する位置にいただけだった。顔は蒼白で、目は泳ぎ、「助けて」と叫んでいた。

 パーティの全員がそれを「仲間を活かす布陣の指示」と解釈した場面が、残酷なほど鮮明に映し出された。


 鏡の映像が、ゆっくりと消えていく。

 水面のように揺れて、薄れて、やがて鏡そのものが光の粒子に分解されていった。


 大広間に、沈黙だけが残った。


 セラフィオンが翼を畳んだ。金色の瞳の紋様が、ゆっくりと回転している。


 誰も、何も言わなかった。


 ヴァルゼンは立っていた。

 立っていたが、視線を上げることができなかった。


 床の石畳の模様をじっと見つめている。模様の一つ一つが鮮明に見えた。ここに亀裂がある。ここに苔がついている。それ以外のものは見たくなかった。仲間たちの顔だけは、今は見たくなかった。


 全てが暴かれた。

 嘘も、ごまかしも、誤解も、伝説の裏側も。

 何一つ残っていない。


 ヴァルゼンは──ただの、臆病者だった。


 膝に力が入らなくなっていた。

 立っているのがやっとだ。いつ崩れ落ちてもおかしくない。


 沈黙が、続いた。


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