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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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ゴブリンの映像は、まだ終わらなかった。

 ゴブリンの映像は、まだ終わらなかった。


 鏡に映し出されたのは、魔王城の食堂──と呼ぶにはあまりに殺風景な石造りの部屋だった。長テーブルの上座に座っているのは魔王ではなく、体長が一メートルにも満たないゴブリンの族長だった。緑色の肌に無数の傷跡、片耳が欠けている古株のゴブリン。その横で、銀髪の少年が立ったまま待っている。配膳係のように。


「魔王、皿が足りねえぞ」


「あ、はい、すみません……」


 映像の中のヴァルゼンが、慌てて厨房に走っていく。

 十五歳の魔王が、ゴブリンの族長に給仕をさせられている光景だった。皿を運ぶ手は震えていたし、途中でつまずいてスープをこぼし、ゴブリンたちに大笑いされていた。


 大広間で映像を見ているヴァルゼンは、目を閉じたかった。全力で閉じたかった。だが体が動かない。神の鏡の力なのか、それとも単に恥ずかしすぎて硬直しているだけなのか判別がつかなかった。


 おそらく後者だった。


 いや、待ってくれ。

 これ見せる必要あった?

 試練だか何だか知らないが、ゴブリンの映像まで見せる必要あった?

 百歩譲って「弱さの証明」に過去を映すのは理解できる。だがゴブリンに給仕させられている映像は何の情報も加えていない。ただひたすらに恥ずかしいだけだ。スープをこぼすところまで克明に再現する必要が本当にあったのか。


 ちらりと仲間たちの方を見た。

 見なければよかった。


 グリゼルダの表情が凍っていた。

 武人としてあらゆる戦場を見てきた女騎士の顔が、完全に固まっている。鎧の下の肩が微かに強張っているのが見て取れた。口元が一文字に引き結ばれ、普段は鋭い眼光も焦点を失ったようにぼんやりとしている。


 フェリクスがモノクルを押し上げた。

 それ自体は何でもない仕草だ。だがフェリクスが無意識にモノクルを触るのは、動揺しているときだけだ。ヴァルゼンはそれを知っていた。嫌というほど観察してきたから。フェリクスのモノクルの位置は常に完璧で、触る必要などないのだ。触っているということは──そういうことだ。


 ミラベルは──泣いていた。

 帽子の下で、翡翠色の瞳から涙がこぼれている。ただし、他のメンバーとは泣いている理由が違うような気がした。何かをこらえるように唇を噛んでいる。ショックで泣いているのではなく、もっと──何か別の感情で。


 エルヴィンだけが、鏡をじっと見つめたまま動かなかった。

 腕を組み、碧い瞳を微動だにさせず、映像を食い入るように見ている。何を考えているのか、読み取れない。あの表情は見たことがなかった。


 ザガンは──平然としていた。いつもと変わらない無表情で鏡を見ている。それが逆に異様だった。他の全員が動揺している中で、一人だけ何も変わらない。


 映像が切り替わった。


 次に映し出されたのは、魔王の間で行われた軍議の場面だった。

 将軍たちが大きな地図を囲んで議論している。その輪の中にヴァルゼンの姿はなかった。玉座に座ってはいるが、誰一人として彼の方を見ていない。意見を求めもしない。飾りだ。魔王の玉座に座る飾り。


 映像の中のヴァルゼンが、おずおずと口を開いた。


「あの……その、この地域の住民に被害が出ないように──」


 将軍の一人が鼻を鳴らした。巨躯の魔族だった。ヴァルゼンの三倍はある体格で、顔は横に走る傷跡に歪んでいる。


「陛下はお休みになっていてください」


 それだけだった。振り返りもしなかった。

 少年はそれ以上何も言えず、玉座の上で小さくなった。手をぎゅっと握り、膝の上に置いた。誰にも見えないところで、唇を噛んでいた。


 映像はさらに続いた。

 夜の魔王城。暗い廊下を一人で歩く少年の背中が映っている。月明かりが窓から差し込み、細い影を石畳に落としていた。


 配下の兵士とすれ違う。兵士は立ち止まらない。敬礼もしない。少年の横を、まるで空気のように通り過ぎていく。


 少年は一度だけ振り返った。

 兵士の背中はもう廊下の角を曲がっていた。


 少年はまた前を向いて、歩き出した。暗い廊下を。一人で。


 ヴァルゼンの胸の奥が軋んだ。

 あの頃の孤独を、あの頃の惨めさを、忘れたわけではなかった。ただ、蓋をしていた。仲間ができてから、もう思い出さなくていいと思って蓋をしていたのだ。

 蓋は頑丈だった。厳重に封じていた。二度と開けるつもりはなかった。


 それを今、全員の前で暴かれている。


「……ゴブリンの映像まで見せる必要あった?」


 声に出ていた。情けない声だった。


「あれは恥ずかしすぎる。本当に恥ずかしすぎる。ほかの映像はまだ耐えられるけど、あれだけは──スープこぼしたところまで再現しなくてよかったでしょ」


 誰も笑わなかった。

 笑える空気ではなかった。


 鏡の映像が、また新しい場面を映し出そうとしていた。

 今度の場面は──ヴァルゼンは息を呑んだ。


 映っているのは、森の中の街道だった。木漏れ日が揺れている。鳥の声がする。穏やかな──しかし、ヴァルゼンにとっては人生で最も危機的だった瞬間の、始まり。

 そして銀髪の青年が、こちらに向かって歩いてくる金髪の男を見て──盛大に腰を抜かしている場面。


 エルヴィンとの出会いだ。


 ヴァルゼンの全身から血の気が引いた。


 映像はさらに残酷な真実を映し出そうとしていた。


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