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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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八日目。連合作戦が限界に達した。

 八日目。連合作戦が限界に達した。


 朝の段階で、フェリクスの報告は厳しいものだった。司令部のテントに集まった幹部たちの前で、フェリクスは淡々と数字を読み上げた。だがその淡々さの裏に、隠しきれない焦燥があった。


「精霊の結界術士の半数が魔力切れで離脱。人間の騎士団は負傷率四割。魔戦士団は戦闘力を六割まで維持していますが、このペースでは三日以内に限界を迎えます」


 丘の上の司令部に、各部隊の指揮官が集まっていた。エルヴィンもグリゼルダもベリオスも、一様に疲労の色が濃い。エルヴィンですら、普段の太陽のような笑顔が翳っていた。左頬の刀傷が赤く腫れているのは、戦闘の激しさを物語っている。


虚淵ニヒラムの拡大速度は?」


 ヴァルゼンが訊いた。


「鈍化していますが、止まっていません。我々が抑えているのは症状であって、原因ではない。水を汲み出し続けても穴は塞がらない——先日の結論の通りです」


 沈黙が降りた。テントの布が風に揺れ、ばたばたと音を立てた。


 各部隊の指揮官たちは、フェリクスの言葉の意味を理解していた。この戦いには終わりがない。虚淵を抑え続ける限り消耗し続け、やがて連合軍は崩壊する。勝つことはできない。負けないことしかできない。そして負けないことにも、限界がある。


「つまり、このままでは負ける」


 ベリオスが低い声で言った。魔族の老将は、白髪混じりの髪を掻き上げながら、歴戦の経験から現実を直視する目を向けた。


「正面から戦って勝てない相手ではない。だが終わりのない戦いには、勝ちようがない。兵は疲弊し、物資は底をつく。あと一週間もすれば、前線は崩れる」


 エルヴィンが腕を組んだ。普段は楽天的なこの男が、珍しく黙り込んでいる。考えている。不慣れな思考に眉を寄せている。


「ヴァルゼン。——お前、何か考えてるだろう」


 鋭い。

 エルヴィンの直感は、こういう時だけ的確だ。思考は苦手でも、人の心を読む勘は一級品だった。


「……考えてる、というか。感じてることがある」


 ヴァルゼンは正直に言った。もう隠す段階ではなかった。この場にいる全員が、答えを必要としている。


「虚淵を抑えるだけじゃ、世界は持たない。もっと根本的な——世界の流れそのものを直さないと」


 指揮官たちが顔を見合わせた。


「世界の流れ……ですか」


 精霊の結界術士の長老が、深い皺の刻まれた顔で問うた。精霊は魔力循環と一体化した存在だ。その長老が問うということは、精霊ですら世界の異変の全体像を把握できていないということだった。


「はい。世界の魔力循環が——壊れています。虚淵は、その壊れた場所から生まれる症状なんです。症状を抑えるだけでは、いつまでも終わらない」


 ヴァルゼンの言葉は、飾りがなかった。学術用語も比喩も使わない、感じたままの言葉。外交用語でも軍事用語でもない、ただの正直な言葉。


 だがその言葉は、誰の心にも届いた。


「……我ら精霊も、大地の脈動が乱れていることは感じていました」


 長老が目を閉じた。透明な翼が微かに震えている。


「しかし、それを言語化できたのは——あなたが初めてです。我らは感じてはいたが、名前をつけられなかった」


「全員が数ヶ月かけて辿り着く結論を、魔王殿は最初から知っていた」


 フェリクスの呟きに、ベリオスが鼻を鳴らした。


「最初から知っていたなら、もっと早く言えばよかったものを」


「知ってたんじゃなくて、『何か変だな』って思ってただけなんだけど……」


 ヴァルゼンの弁明は、誰にも聞かれていなかった。指揮官たちの目は、すでに「次」を見ていた。過去を振り返る暇はない。未来を考えなければ。


「では、具体的にどうすれば良いのですか」


 人間の騎士団長が問うた。実直な男だ。問題を認識したら、すぐに解決策を求める。


「フェリクス」


 ヴァルゼンが視線を送った。ここから先は、自分の言葉より賢者の言葉のほうが正確だ。感覚的な把握は得意だが、論理的な説明はフェリクスに任せるべきだ。


「先代魔王の記録と、ヴァルゼン殿の魔力感知データを突き合わせた結果、一つの仮説があります」


 フェリクスが手帳を開いた。


「世界の魔力循環は、大戦で脈点が破壊されたことで途絶えました。虚淵はその途絶えた場所で発生する消滅現象です。これを止めるには——」


 フェリクスが全員を見渡した。テントの中が静まり返っている。外からは前線の戦闘音が微かに聞こえるが、この場の全員の意識はフェリクスの次の言葉に集中していた。


「魔力循環の再起動が必要です」


 再起動。


 その言葉が、初めて公の場で発せられた。


「再起動……? 世界の魔力の流れを、もう一度始めるということか」


 騎士団長が眉をひそめた。


「概念としてはそうです。壊れた脈点を修復し、途切れた流れを繋ぎ直す。世界の心臓をもう一度動かす——」


「そんなことが可能なのか」


「わかりません」


 フェリクスが正直に答えた。誤魔化しも、気休めもない。


「前例がない。先代魔王の記録にも、再起動が『必要だ』とは書かれていましたが、方法は記されていなかった。ただ——」


 フェリクスの視線が、ヴァルゼンに向いた。


「手がかりはあります。そして手がかりを読み取れる人物も、ここにいます」


 全員の視線が、再びヴァルゼンに集中した。


 ヴァルゼンは——もう慣れてきていた。全員の視線が自分に集まる、あの居心地の悪い感覚に。最初は逃げ出したくなっていたが、今は——少しだけ、耐えられるようになっていた。


「正直に言うと」


 ヴァルゼンは口を開いた。


「方法はまだわからない。手がかりはあるけど、答えにはなっていない。でも——」


 言葉を選んだ。正確に伝えなければならない。嘘は言えない。でも、絶望させるわけにもいかない。


「このまま虚淵を抑え続けても、世界は持たない。それだけは確かです。だから——根本的な治療法を見つけないと」


「見つけるのは、誰がですか」


 ベリオスが静かに問うた。


「……僕たちが」


 ヴァルゼンの答えに、ベリオスは深く頷いた。


「わかった。我ら魔戦士団は、その答えが見つかるまで、前線を守り続けよう」


「我らもだ」


 騎士団長が剣の柄を握った。


「精霊の民も、力を惜しみません」


 長老が頷いた。


 全員が、一人の魔王の言葉を信じた。

「方法はまだわからない」と正直に言った魔王を。

「見つける」と約束した魔王を。


 ヴァルゼンは内心で叫んでいた。


 ——見つけられるのか、本当に。僕なんかに。


 だがその不安を口にする権利は、もうなかった。

 全員が、自分を信じてくれている。


「……見つけます」


 声が震えた。だが、はっきりと言った。


「魔力循環の再起動の方法を、必ず見つけます」


 その言葉を受けて、指揮官たちが敬礼した。種族を超えた、一人の王への敬意。


 ヴァルゼンは敬礼を返した。

 手が震えていたのは、内緒だ。


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