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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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戦闘の二日目。

 戦闘の二日目。


 虚淵ニヒラムの波は昨日より激しさを増していた。空間の歪みが広がり、歪みの怪物の出現頻度が上がっている。連合軍は交代制で前線を維持していたが、消耗は着実に蓄積されていた。昨日の初交戦で受けた傷が完治していない兵士も少なくない。


 エルヴィンは前線の最も激しい区域に立っていた。


 聖剣が白銀の光を放ち、迫り来る歪みの怪物を次々と斬り伏せる。しかし今日の怪物は昨日より大きく、数も多い。聖剣の光で消滅させても、すぐに次が湧いてくる。斬っても斬っても終わらない。波を切っても波が来る。


「右から大型! エルヴィン、二時方向!」


 丘の上からヴァルゼンの声が飛んできた。


 エルヴィンは振り向きざまに聖剣を振り下ろした。巨大な歪みの怪物——家屋ほどの大きさの影のような存在が、聖剣の光に貫かれて崩れ落ちた。黒い霧が四散し、やがて消える。


 その瞬間だった。


 聖剣が、異様な光を放った。


 白銀ではない。白銀の中に、金色の輝きが混じっていた。まるで夜明けの空に最初の陽光が差すように、聖剣の光が色を変えた。刀身全体が脈動するように明滅し、エルヴィンの手の中で熱を帯びた。


「——!?」


 エルヴィンが驚いて手元を見た。聖剣は彼の手の中で脈動するように光っている。これまで数えきれないほど剣を振ってきたが、こんな反応は初めてだった。


 その光が、歪みの怪物に当たった瞬間。


 怪物が消えた。

 昨日までの「斬って消滅させる」とは、根本的に違った。光が触れた瞬間、怪物が——いや、怪物を生み出していた虚淵の歪みそのものが、一瞬だけ閉じたのだ。裂けた空間が、まるで傷口が塞がるように、ほんの一瞬だけ元に戻った。


「……なんだ、今の」


 エルヴィンは聖剣を見つめた。金色の光はすぐに消え、いつもの白銀に戻っている。だが手の中に残る感触が、通常とは明らかに違っていた。何かに「届いた」感覚。剣が怪物ではなく、もっと深い何かに触れた感覚。


「見たか、グリゼルダ!」

「ああ。見た」


 グリゼルダが大剣を構えたまま、鋭い目でエルヴィンの聖剣を見た。


「お前の剣が、虚淵の裂け目を塞いだ。一瞬だけだが——確かに見た」


 前線の兵士たちにもそれは見えたらしい。どよめきが広がった。


「勇者の光が虚淵を押し返した!」

「聖剣の力が世界を守っている!」


 歓声が上がった。エルヴィンは聖剣を掲げ——しかし、不思議そうな顔をしていた。


「俺の力じゃない。ヴァルゼンの指揮のおかげだ。あいつが『右から来る』って教えてくれたから、最高のタイミングで振れた。それだけだ」


 本当に自分の力だとは思っていない。

 聖剣が異常な光を放ったことすら、「ヴァルゼンの魔力感知が聖剣を導いた」と解釈しかけている。エルヴィンの謙虚さは、的外れなほど一貫していた。


 だが丘の上のヴァルゼンは、全く別のことを感じ取っていた。


 エルヴィンの聖剣が金色に光った瞬間、魔力感知に奇妙な反応があった。


 虚淵が——怯えた。


 そうとしか表現しようがなかった。あの冷たい虚無の塊が、エルヴィンの聖剣の光に触れた瞬間、ほんの一瞬だけ「縮んだ」のだ。まるで熱いものに触れた子供が手を引っ込めるように。恐怖とも痛みとも違う、もっと根源的な反応。


「……何だ、今の」


 ヴァルゼンは目を閉じたまま呟いた。


 虚淵は敵ではない。意志を持たない、世界の傷が自然治癒しようとする反応だ。それは前に感知した通りだ。


 だが今、虚淵は「反応」した。エルヴィンの勇者の力に対して、通常の魔法とは全く異なる反応を示した。魔族の攻撃魔法にも、精霊の結界にも、これほど明確な反応はなかった。


 なぜだ。

 聖剣の光の何が、虚淵に影響を与えた?


「フェリクス」


 ヴァルゼンは目を閉じたまま呼んだ。


「今の見た? エルヴィンの剣が光った時、虚淵が——」

「観測しています」


 フェリクスの声には、珍しく興奮が混じっていた。モノクルが通常の三倍の速度でデータを記録している。


「エルヴィン殿の聖剣が発した光は、通常の聖属性魔法ではありませんでした。モノクルの解析では——魔力の波長が、虚淵の振動パターンと『逆位相』になっていた」


「逆位相……?」

「簡単に言えば、虚淵が『消滅』を引き起こす波と、正反対の波です。消滅を打ち消す力——存在を肯定する力、とでも言いましょうか」


 存在を肯定する力。

 虚淵が存在を消す現象なら、それを打ち消す力は——


「……信じる力、か」


 ヴァルゼンの呟きは、自分でも意図しないものだった。


 エルヴィンは信じる男だ。何があっても、誰かを、何かを信じ続ける男だ。一度信じたことを絶対に疑わない。その信念が聖剣の力の源だとしたら——信じる力が、消滅を打ち消す力になる?


「魔王殿? 今、何と?」

「い、いや、何でもない。独り言です」


 慌てて否定した。根拠のない直感を口にするのは気が引けた。フェリクスに笑われる——いや、フェリクスは笑わない。代わりにもっと厄介なことをする。壮大な理論を構築する。


 だがフェリクスのモノクルは、ヴァルゼンの顔をじっと見つめていた。


「……独り言、ですか。魔王殿の独り言は、往々にして核心を突く。記録しておきましょう」


 やめてほしい。本当にただの独り言だから。


 前線では、エルヴィンが再び歪みの怪物と戦っていた。聖剣は通常の白銀の光に戻っており、先ほどの金色の輝きは再現されていない。何かの条件が揃った時だけ発動するのか、あるいは一時的な現象だったのか。


 だがヴァルゼンの魔力感知は、確かに捉えていた。

 エルヴィンの聖剣と虚淵の間に、何かがある。

 まだ形にならない、おぼろげな「何か」が。


 それが何なのか、今はわからない。

 だがいつか——この「何か」が、重要な意味を持つ日が来る。


 そんな予感だけが、胸の奥に残った。


「——前線、次の波が来る! 全員、構え!」


 予感を振り払い、ヴァルゼンは叫んだ。

 戦いは、まだ続いている。


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