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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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連合作戦の体制が決まったのは、合意から三日後のことだった。

 連合作戦の体制が決まったのは、合意から三日後のことだった。


 会議室のテーブルには大陸全域の地図が広げられ、虚淵ニヒラムの発生箇所が赤い印で示されている。その赤い点は、見るたびに増えていた。三日前にはなかった印が、東部と南部に二つずつ追加されている。


「前線部隊の編成は以下の通りです」


 フェリクスが地図の上に木の駒を置いていった。白い駒が人間、黒い駒が魔族、透明な駒が精霊。色とりどりの駒が地図上に並んでいく様は、子供の遊びのように見えるが、一つ一つの駒が数百人の命を代表していた。


「第一打撃隊——エルヴィン殿とグリゼルダ殿。虚淵から溢れ出す歪みの怪物への直接戦闘を担当。聖剣の特効を活かし、最も危険な区域に投入します」


 エルヴィンが腕を組んで頷いた。


「任せろ。グリゼルダと組めば、大抵の化物は片付く」

「……お前に言われなくても」


 グリゼルダが大剣の柄に手を添えた。その蒼灰色の瞳には、戦場に向かう者特有の静かな炎が宿っている。左頬の刀傷がわずかに歪んだ。笑ったのだ。グリゼルダの笑顔は、大抵の者には凄みにしか見えないが。


「第二打撃隊——ベリオス殿率いる魔族の魔戦士団。エルヴィン殿の部隊と連携し、広域の掃討を担います」


「第三隊——精霊の結界術士と人間の騎士団による防衛線の構築。虚淵の拡大を物理的に食い止める役割です」


「術式管理——僕が担当します。各部隊の魔法支援と、虚淵の動きの分析をリアルタイムで行います」


「医療班——ミラベル殿を長とする回復部隊。前線と後方の双方に展開」


 ミラベルが小さく拳を握った。華奢な手だった。だがその手が放つ回復魔法は、聖都仕込みの最上位だ。


「私、がんばります。みんなの怪我は、絶対に治してみせます」


 駒が次々と地図上に配置されていく。精緻な陣形。合理的な配置。フェリクスの頭脳が組み上げた、多種族連合ならではの布陣だった。


 そして最後に、フェリクスは地図の後方——小高い丘の位置に、一つだけ色の違う駒を置いた。紫色の駒。魔王を示す色だ。


「総司令——ヴァルゼン殿。後方の丘に司令部を設営し、魔力感知による戦場全体の把握と指示を行っていただきます」


 後方。

 最も安全な場所。最も前線から遠い場所。


 ヴァルゼンはその駒を見つめた。前線の駒たちから遠く離れた、たった一つの紫色の駒。


「あの……後方に僕がいて、本当に意味があるんでしょうか」


 素直な疑問だった。前線で戦うわけでもない。魔法で支援するわけでもない。ただ後ろに座っているだけの司令官に、何の意味があるのか。


「意味しかありません」


 フェリクスが即答した。


「魔王殿の魔力感知は、この大陸で唯一、虚淵の動きを事前に予測できる能力です。前線の将兵がどれだけ優秀でも、虚淵の不規則な動きは目視では捉えられない。あなたの感知があってこそ、全部隊が安全に戦えるのです」


「つまり、お前が一番大事ってことだ」


 エルヴィンがニカッと笑った。歯が光った。本当に光った気がした。


「だから一番安全な場所に置く。当然だろう?」


 違う。

 一番大事だからじゃない。前線に出ても邪魔になるだけだからだ。


 ヴァルゼンにはわかっていた。自分の戦闘力はゴブリン以下だ。前線に立てば、仲間は戦いながら自分を守らなければならなくなる。後方にいるのは「大事だから」ではなく「いないほうが戦いやすいから」だ。


 だが——それを口に出すわけにはいかない。


「ヴァルゼン様」


 グリゼルダが一歩前に出て、片膝をついた。甲冑の金属が石の床に触れる硬い音が響いた。銀髪が肩から流れ落ちる。


「前線は私たちにお任せください。あなたは後方で、私たちの目となり耳となっていただければ——それだけで、私たちは百倍強くなれます」


 百倍は盛りすぎだ。絶対に盛りすぎだ。五倍くらいにしておいてほしい。いや、五倍でも盛りすぎだ。


 だがグリゼルダの蒼灰色の瞳には、武人としての嘘偽りのない確信が宿っていた。この女騎士が膝を折るのは、心から信じた相手にだけだ。大戦を戦い抜いた歴戦の武人が、こうして膝をついている。その事実の重さに、ヴァルゼンは胸が締めつけられた。


「……うん。わかった」


 ヴァルゼンは頷いた。声が震えないように気を遣った。


「みんなの目になる。耳になる。僕にできることは、それくらいだから——」

「それくらい、ではありません」


 ザガンが静かに言った。


「それが全てです、陛下」


 翌朝。


 連合軍の集結地に、各国から続々と部隊が到着していた。精霊の結界術士が透明な魔力の膜を空中に展開し、人間の騎士団が重厚な隊列を組み、魔族の魔戦士たちが黒い鎧を陽光に煌めかせている。


 三つの種族が一つの陣地に並ぶ光景は、大戦を知る者にとっては信じがたいものだった。かつて殺し合った者たちが、今は肩を並べて同じ敵に立ち向かおうとしている。


 その光景を丘の上から見下ろしながら、ヴァルゼンは目を閉じた。


 魔力感知を展開する。


 最初は足元の地面から。土の中に流れる魔力の脈動を感じ取る。次に丘の斜面。草の一本一本に宿る微かな魔力。そして平野に広がる連合軍の陣地。人間の騎士たちの体内を流れる微弱な魔力。魔族の戦士たちの体に渦巻く濃密な力。精霊の術士たちが纏う、空気と一体化した魔力。


 前方に広がる荒野。その先に、ゆらゆらと脈動する虚淵の気配。冷たく、暗く、全てを飲み込もうとする虚無の波動。


 世界の魔力の流れが、ヴァルゼンの感覚に流れ込んでくる。


「——来る」


 目を閉じたまま、ヴァルゼンは呟いた。


「虚淵が動き始めた。北東から——一時間以内に、前線に届く」


 傍らにいたフェリクスが目を見開いた。


「一時間以内? 僕の観測器では、まだ反応が——」

「間違いない。なんていうか……嫌な感じがする」


 嫌な感じ。

 魔王の言葉としてはあまりに曖昧だが、フェリクスはその言葉の重みを知っていた。ヴァルゼンの「嫌な感じ」は、フェリクスの精密観測器より正確だ。


「全部隊に伝達。一時間以内に北東から虚淵の波が来る。迎撃態勢を——」


 フェリクスの指示が飛ぶ。伝令が走る。角笛が鳴り響く。


 連合軍が動き始めた。


 丘の上で目を閉じる魔王と、眼下で陣形を組む多種族の大軍。


 作戦が、始まろうとしていた。


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