一つの解決策
一つの解決策
対策会議は翌日も続いた。
フェリクスが地図の上に虚淵の分布を書き込むたびに、状況の深刻さが視覚化されていった。大陸の各所に赤い印が増えていく。まるで病巣が広がっていく図だ。
「現時点で確認されている虚淵の発生地点は二十三箇所。うち大規模なものが五箇所。一週間前は八箇所でした。倍増です」
「倍……」
「このペースが続けば、二ヶ月後には大陸の一割が虚淵に飲まれます。四ヶ月後には三割。半年で——」
「やめてくれ、フェリクス。それ以上聞いたら気絶する」
ヴァルゼンは地図を見つめた。赤い印の一つ一つが、昨日読んだ救援要請の差出人の顔と重なる。
「個別に対処する場合のシミュレーションも出しました」
フェリクスが別の地図を広げた。
「結論から言えば、不可能です。仮にヴァルゼン殿の魔力感知を使って避難を効率化しても、虚淵の拡大速度に追いつけない。守れる場所を選べば、選ばれなかった場所が消える」
「どこかを守れば、どこかが犠牲になる——ということか」
グリゼルダの声が硬い。
「その通りです。トリアージとしてはありえますが、長期的な解決にはなりません」
重い沈黙が部屋を満たした。
ヴァルゼンは地図を眺めながら、ぽつりと言った。
「……みんなで力を合わせるしかないんじゃないかな」
静かな声だった。
フェリクスの手が止まった。ザガンの眉が微かに上がった。
「各国がバラバラに対処しても追いつかないなら——人間も魔族も精霊も、みんなで連携して動くしかない。虚淵は全部繋がってるんだから、対処も全部繋がってないと」
長い沈黙。
フェリクスがゆっくりとモノクルを外した。
「我々が三日間の議論を経て辿り着いた結論を——この方は、最初から見えていた」
「え? いや、今思いつきで——」
「思いつきでこの結論に至れることが、天才の証ですよ」
(天才じゃないんだけど。普通に考えたらそうじゃない? って思っただけなんだけど)
ザガンが頷いた。
「多国家連合。歴史上、前例のない規模の連合体が必要になります。人間の諸王国、魔族の各勢力、精霊の一族——すべてを糾合しなければならない」
「前例がないということは、誰もやり方を知らないということです」
フェリクスがモノクルをかけ直した。
「しかし——やるしかない」
エルヴィンが立ち上がった。椅子が後ろに倒れた。
「多国家連合か。いいじゃないか! みんなで力を合わせる。シンプルでいい!」
「シンプルに聞こえますが、実行は地獄ですよ。各国の利害、種族間の不信、歴史的遺恨——纏め上げるだけで数ヶ月かかってもおかしくない」
「じゃあ急がないとな。で——」
エルヴィンがヴァルゼンを見た。
フェリクスがヴァルゼンを見た。
ザガンがヴァルゼンを見た。
グリゼルダがヴァルゼンを見た。
ミラベルがヴァルゼンを見た。
六対の視線が、一点に集中した。
「……なんで僕を見るの」
「多国家会議の取りまとめ役です」
「だから僕じゃなくても——」
「人間の王国に信頼されている。魔族に王として受容されている。精霊とも接点がある。セラフィオンを通じて神使とも繋がりがある。全種族に顔が利く存在は——」
「一人しかいない、ってフェリクスが言いたいのはわかったけど!」
「わかっているならお引き受けください」
ヴァルゼンは全力で逃げ出したかった。
だが、逃げ出せる状況ではなかった。二十三箇所の虚淵が拡大している。救援を求める声が毎日増えている。一国の力では対処不可能で、全種族が連携しなければ世界が終わる。
そして——その連携を取り持てる人間が、どういうわけか自分しかいない。
(なんでこうなるんだよ。僕はただ安全な場所で穏やかに暮らしたいだけなのに。世界の命運を預けられるような器じゃないのに)
エルヴィンが近づいてきて、ヴァルゼンの肩に手を置いた。
「ヴァルゼン。お前がやらなきゃ、誰もやれない」
「……わかってるよ」
声が小さかった。
「わかってるから——怖いんだ」
エルヴィンが微笑んだ。
「怖くていい。俺が隣にいる」
ヴァルゼンは長い息を吐いた。
「……わかった。やるよ。やるけど——失敗しても責めないでくれ」
「誰がお前を責めるもんか」
こうして、大陸史上初の多種族会議の開催が決まった。
ヴァルゼンを議長として。
(冗談だろ)
冗談ではなかった。




