殺到する要請
殺到する要請
その日から三日間で、ヴァルゼンのもとに届いた救援要請は十七通だった。
王都から二通。東部の辺境都市から五通。南部の港湾都市から三通。北西の山岳民族から二通。魔族の古都ゼル・ヴァーラスから一通。精霊の森から一通。そして——名前も聞いたことのない小国から三通。
「なんで僕のところに来るんですか」
避難所の一室に積み上げられた書簡の山を前に、ヴァルゼンは頭を抱えた。
「王都なら国王に、魔族なら議会に、精霊は精霊の長老に——それぞれ然るべき宛先があるでしょう」
「すべての書簡に共通する一文があります」
フェリクスが一通の書簡を開いた。
「『魔王ヴァルゼン殿の魔力感知による虚淵予測なくしては、避難も防御も不可能である。至急の来援を請う』——つまり、貴方の魔力感知が唯一の予測手段として認知されたのです」
「唯一って……」
「残念ながら事実です。虚淵の動きを予測できる手段は、現状では陛下の魔力感知以外に存在しません」
ザガンが書簡の分類を終えて報告した。
「全方位からの要請です。優先順位をつけなければ、どこにも対応できません」
ヴァルゼンは書簡の山を見つめた。十七通。十七の場所で、人々が助けを求めている。
(僕に何ができるんだ。僕は魔力感知ができるだけだ。虚淵を止める方法なんて知らない。避難を手伝うくらいしかできない。でも身体は一つだ。十七箇所同時になんて行けるわけがない)
パニックが込み上げてきた。
目の前の書簡がぐるぐる回って見える。文字が読めない。頭が真っ白になりかけている。
「ヴァルゼン殿」
フェリクスの声が遠い。
「全体を見渡した上で、優先順位を」
「う、うん。わかってる。わかってるんだけど——どこを優先すればいいか、全然わからない」
書簡を一通一通手に取った。どれも切迫している。どれも「今すぐ来てくれ」と書いてある。
ヴァルゼンは書簡を握ったまま、長い沈黙に沈んだ。
その姿を、パーティメンバーが見守っていた。
「世界全体を見渡して、最善の一手を考えている……」
フェリクスが呟いた。
「違うと思うけど」
エルヴィンが首を傾げた。
「あれは困っている顔だぞ」
「困っている顔と深謀遠慮の顔は、ヴァルゼン殿の場合、区別がつきません」
(困ってるだけだよ! 深謀遠慮なんて一ミリもないよ!)
だが内心の叫びは届かない。
そこへ、新たな伝令が駆け込んできた。
「緊急報告! 南部のアレイス港が虚淵の直撃を受けています! 港湾施設の三割が消失、避難民が——」
続いてもう一人。
「北西のガルド山地で虚淵が谷を丸ごと呑みました! 山岳民の集落が孤立しています!」
さらにもう一人。
「精霊の森から二度目の要請です。世界樹の根が虚淵に侵されているとのこと——」
ヴァルゼンの頭が完全に真っ白になった。
「……無理だ」
小さな声が漏れた。
「俺に何ができるんだ。十七箇所——いや、もう二十箇所か。同時に来られても——」
エルヴィンが肩に手を置いた。
「一人で考えなくていい」
「でも——」
「俺たちがいるだろう」
エルヴィンの碧い目が、真っ直ぐにヴァルゼンを見ていた。
「お前が全体を見る。俺たちが手足になる。それでいいだろう」
グリゼルダが頷いた。
「エルヴィンの言う通りです。ヴァルゼン様が方向を示してくだされば、私が動きます」
フェリクスがモノクルを押し上げた。
「情報の整理と分析は僕の仕事です。魔王殿は感じたことをそのまま言ってくだされば」
ミラベルが手を握った。
「一人じゃないです。ヴァルゼン様」
ザガンが書簡を整然と並べ直した。
「では、対策会議を始めましょう。まず現状の整理から」
ヴァルゼンは目を瞬いた。
一人じゃない。
当たり前のことのはずなのに——その言葉が、妙に深く刺さった。
「……うん。ありがとう」
声が震えた。情けないな、と思った。でもそれは——悪い震えではなかった。
「じゃあ、まず——魔力感知で感じたことを全部言います。それをフェリクスが整理して、ザガンが優先順位をつけて、皆で動く。……それでいい?」
「完璧です」
フェリクスが頷いた。
(完璧なわけないだろう。思いつきで言っただけだ)
だが会議は始まった。
ヴァルゼンが魔力感知で捉えた虚淵の分布と脈動のパターンを口頭で伝え、フェリクスが地図に落とし込み、ザガンが軍事的観点から優先順位を提案する。
三時間後、一つの結論が見えてきた。
「個別対応は限界がある。根本的に——」
フェリクスが地図を指さした。
「多国家連合による統合的対処。それしか道はありません」
ザガンが頷いた。
「一国の力では、もはや対処不可能です」
全員がヴァルゼンを見た。
「え。なんで僕を見るの」
「多国家連合の取りまとめ役は——人間にも魔族にも認められた存在でなければ務まりません」
「待って。待って待って待って」
「心当たりは、一人しかおりません」
ヴァルゼンは全力で首を横に振った。
だが——首を振る力が、日に日に弱くなっている気がした。




