表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
220/303

聞く王

 聞く王


 ヴァルゼンは、聞いた。


 最初に語ったのは、先ほどの若い女性だった。人間の国との境にある小さな村の出身で、十年前に領土紛争の巻き添えで村が焼かれた。家族は散り散りになり、彼女だけが古都に辿り着いた。


「ずっと、誰にも言えなかったんです。魔族同士でも、弱さを見せれば蔑まれるから」


 ヴァルゼンは黙って聞いた。相槌を打つことすら忘れていた。ただ、彼女の目を見ていた。


「それは……辛かったですね」


 出てきたのは、そんな一言だけだった。


 壮大な慰めの言葉でもなく、解決策の提示でもない。ただの、ありふれた一言。


 だが女性は泣き崩れた。


「ありがとうございます。ありがとう——ございます」


 それを見ていた別の魔族が、手を挙げた。


「俺の話も聞いてくれるか」


 壮年の魔族の男だった。鍛冶師だという。人間の商人に騙されて財産を失い、工房を畳む寸前だったという話を、朴訥に語った。


「誰に訴えても、魔族だからと門前払いだった。先代の時代ですらそうだった。魔王様には、我々の声は届かなかった」


「……一緒に考えましょう。すぐには何もできないかもしれないけど、一緒に考えさせてください」


 議場がさざなみのようにざわめいた。


 穏健派の長老が涙を拭いている。


「先代すら成し得なかった……民との対話だ」


 フェリクスが演壇の脇で手帳に猛烈な速度で書き込んでいた。


「興味深い。威圧でも弁舌でもなく、傾聴による信頼構築。これは外交学の教科書を書き換える手法ですよ、魔王殿」


(手法とかじゃないんだけど。何も思いつかなかったから聞いてるだけなんだけど)


 しかし、声は止まらなかった。


 三人目。四人目。五人目。


 魔族たちの話は多岐にわたった。居住地の問題。子供の教育。薬草の不足。虚淵ニヒラムによる作物被害。人間社会からの差別。古い法律の矛盾。


 ヴァルゼンは一人ずつ、丁寧に聞いた。


 解決策を出したわけではない。気の利いた返しをしたわけでもない。ただ「それは大変ですね」「なるほど」「一緒に考えましょう」を繰り返しただけだ。


 だが——魔族たちの表情は、確実に変わっていった。


 十人目が話し終えた頃、懐疑派の長老が低く唸った。


「……こんな魔王は見たことがない」


 呆れた声だった。呆れた声のはずだった。だが、その口調にはわずかな困惑と、認めたくないものを認めかけている者の響きがあった。


 穏健派の魔族たちが水を得た魚のように活気づいた。


「ほら見ろ! あの方は我々の声を聞いてくださる!」

「先代にはできなかったことだ!」

「これこそが、真の——」


「おい、調子に乗るな」


 懐疑派の長老が声を上げた。議場が静まる。


「聞くだけなら誰にでもできる。問題は、聞いた上で何ができるかだ」


 正論だった。ヴァルゼンもそう思った。


(そうだよな。聞くだけじゃ何も変わらない。僕には力もないし、知識もないし、人脈もない。聞いたところで——)


「だが」


 懐疑派の長老が、ヴァルゼンを見据えた。


「……ここまで聞いた者はいない」


 議場が息を呑んだ。


「先代は強かった。しかし、民の声を聞く暇はなかった。先々代は遠かった。民の声に関心すらなかった。千年の歴史の中で、魔王が民の前に座り、一人ずつ話を聞いたことなど——一度もない」


 長老の声に、認めたくない何かと戦っている響きがあった。


「……今日のところは、ここまでにしよう。話し合いは明日も続ける」


 議論は終わらなかった。だが、空気は変わった。


 議場を出ると、夕焼けの空が広がっていた。ヴァルゼンは精根尽き果てて、壁にもたれかかった。


「お疲れ様です、ヴァルゼン様」


 ミラベルが回復魔法の光を手に灯して近づいてきた。


「身体の疲れは治せますが、心の疲れは……すみません、私の魔法では」


「ありがとう、ミラベル。大丈夫だよ。ちょっと……うん、ちょっと疲れただけ」


 エルヴィンが満足そうに頷いた。


「やっぱりヴァルゼンはすごいな。あの懐疑派の頑固親父が折れかけてたぞ」


「折れてないよ。全然折れてないよ。明日も続くんだよ」


「大丈夫だ。お前なら明日も上手くやれる」


(その自信はどこから来るんだ)


 壁にもたれたまま、ヴァルゼンは夕焼けを見上げた。


 聞くことしかできなかった。何一つ解決できていない。


 それでも——魔族たちの目が変わっていったのは、確かだった。


 あの目は何だったのだろう。


 まだ、わからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ