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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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ザガンが口を開いたのは、記録保管庫を出てすぐのことだった。

 ザガンが口を開いたのは、記録保管庫を出てすぐのことだった。


 夕暮れの回廊に、四人分の足音が響いている。ヴァルゼンは先ほど読んだ記録の内容をまだ消化しきれず、ぼんやりと石畳を見つめていた。

 魔王は世界の管理者であり、戦士ではなかった。

 先代魔王は一人で全てを背負い、孤独のうちに倒れた。

 そして──その先代が理想とした魔王の資質が、どういうわけか自分と一致しているらしい。


 らしい、というのが重要だ。偶然の一致に決まっている。きっとそうだ。たぶんそうだ。……そうであってくれ。


「ヴァルゼン様」


 ザガンの低い声が、ヴァルゼンの思考を断ち切った。

 振り返ると、普段は無表情を貫く元参謀の顔に、かすかな逡巡が浮かんでいた。ザガンが迷うなど、滅多にないことだ。


「少し、昔の話をしてもよろしいでしょうか」


 エルヴィンが足を止めた。グリゼルダも、フェリクスも、ミラベルも。全員がザガンを見た。


「先代魔王様──ゼルヴァス陛下にお仕えしていた頃の話です」


 ヴァルゼンの喉がこくりと鳴った。

 ザガンが自分から過去を語ることは、これまで一度もなかった。


「ゼルヴァス陛下は、強い方でした」


 ザガンの声は静かだった。回廊の壁に刻まれた古い紋様が、夕陽に照らされて淡く輝いている。


「剣を執れば大陸最強。魔法を放てば山が砕ける。その気になれば、一人で人間の国を三つ滅ぼせたでしょう。しかし──」


 ザガンが一瞬、言葉を切った。


「陛下は、常に一人でした」


 回廊に沈黙が落ちた。

 ミラベルが小さく息を呑む音が聞こえた。


「強すぎたのです。誰も陛下に追いつけなかった。助言する者はいても、共に歩む者はいなかった。魔力循環の管理も、種族間の調停も、虚淵ニヒラムの監視も──すべてを陛下お一人で担われていた」


 記録で読んだ通りだ。

 だが文字で読むのと、かつて傍に仕えた者の声で聞くのとでは、重みがまるで違った。


「私は参謀として陛下をお支えしたつもりでいました。しかし実際には、何一つ支えられていなかった。陛下の背負うものの重さを、理解すらできていなかった」


 ザガンの拳が、わずかに握り締められた。

 あのザガンが。常に冷静で、感情を表に出すことのない男が。


「陛下が倒れた日のことを、私は忘れません。朝、いつものように執務室に伺うと──陛下は床に伏していました。魔力が尽きていた。世界の魔力循環を維持し続けた代償でした」


 ヴァルゼンは何も言えなかった。

 ただ立ち尽くして、ザガンの言葉を聞いていた。


「それ以来、私はずっと考えていました。次に仕えるべき王は、どのような方であるべきかと」


 ザガンの蒼い瞳が、まっすぐにヴァルゼンを見た。

 その視線の強さに、ヴァルゼンは反射的に一歩退きそうになった。


「結論は一つでした。──弱い王です」


 え。


「弱い王なら、一人で抱え込まない。弱い王なら、仲間に頼ることができる。弱い王なら、民の声に耳を傾けられる。なぜなら──自分の力だけでは何もできないと、知っているからです」


 ヴァルゼンの頭が真っ白になった。

 弱い王だから仕えた。

 それは──褒められているのか。慰められているのか。あるいは、ただの事実なのか。


「ヴァルゼン様。貴方が弱いことを、私は最初から知っておりました」


 心臓が止まるかと思った。

 いや、たぶん一瞬止まった。


「え──あ、あの、その、知って……」

「はい。ゴブリン以下の戦闘力であることも、魔法がまともに使えないことも、すべて承知の上で忠誠を誓いました」


 終わった。完全に終わった。

 ヴァルゼンの脳内で緊急警報が鳴り響いた。バレていた。最初からバレていた。ザガンには全部筒抜けだった。


 だがザガンの瞳に、失望の色はなかった。


「弱いからこそ、貴方の傍には人が集まる。弱いからこそ、先代が成し得なかったことを成せるかもしれない。──私はそう信じて、ここにおります」


 エルヴィンが目を見開いた。

 グリゼルダが無言のまま、ザガンを見つめている。

 フェリクスがモノクルの奥で何かを考え込むように瞳を細めた。

 ミラベルは──もう泣いていた。


「ザガン」


 エルヴィンが一歩前に出た。その碧い瞳が真剣だった。


「お前って……いい奴だったんだな」


 ザガンが珍しく面食らった顔をした。


「……今さら何を言っている」

「いや、ずっと思ってたけど改めて。な、ヴァルゼン」


 ヴァルゼンは言葉を探した。

 弱い王だから仕えた。その言葉が胸の中でぐるぐると回っている。否定したかった。違う、ただ弱いだけだと言いたかった。

 だが──否定の言葉が、出てこなかった。


「……ザガン」


 声が震えた。情けない声だった。魔王の威厳など欠片もない声だった。


「ありがとう、ございます」


 それだけしか言えなかった。

 ザガンは一瞬だけ目を細めて、そして元の無表情に戻った。


「勿体ないお言葉です、陛下」


 陛下。

 ザガンがその呼び方を使ったのは、初めてだった。


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