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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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管理者の記録

 管理者の記録


 水晶板に刻まれた先代魔王の記録は、膨大だった。


 記録保管庫の内部は、外から見た印象以上に広かった。天井は見上げても暗闇に消えるほど高く、壁面を埋め尽くす棚には無数の水晶板が整然と並べられている。その一つ一つが微かに光を放ち、保管庫全体がほのかな青白い輝きに満ちていた。


 静寂。だが、死んだ静けさではなかった。水晶板の中に封じられた記録が——先代の言葉が——息づいているような、不思議な静けさだった。


 ザガンが中央の台座に安置された最も大きな水晶板を示した。他の水晶板が拳大なのに対し、この一枚だけは人の胴体ほどの大きさがある。


「これが先代の主要な記録です。魔王としての在り方——その根幹が記されています」


 ザガンの声に、かすかな緊張が滲んでいた。先代に仕えた男が、先代の遺した記録を前にしている。その心中は——想像もつかなかった。


 ヴァルゼンは水晶板に手を触れた。


 冷たいと思っていた。石の冷たさを覚悟していた。だが——温かかった。人肌のような、不思議な温もりが掌に広がった。


(温かい。なんでだろう。水晶なのに)


 触れた瞬間、文字が浮かび上がった。古代魔族語だ。通常の魔族ですら読解に専門知識を要する古い表記法。だが、先ほど封印の扉の前で経験したのと同じように——なぜかヴァルゼンには読めた。文字の一つ一つが、意味を持って頭の中に流れ込んでくる。


 最初の一文は、すでに読んだ。「魔王とは、世界の管理者である」。


 だがその先に、膨大な記録が続いていた。


「魔王の役割は三つに分かれる」


 ヴァルゼンは声に出して読んだ。声がわずかに震えていた。周囲のパーティメンバーたちが、息を詰めて耳を傾けている。セラフィオンの翼が静止し、金色の瞳が水晶板に釘付けになっていた。


「第一に、魔力循環の管理。世界を巡る魔力の流れを感知し、滞りや暴走を調整すること。世界は魔力によって維持されており、その循環が途絶えれば大地は枯れ、空は歪み、生命は衰える。魔王はこの循環の番人である」


 読みながら、ヴァルゼンの脳裏に自分が日々感じている「嫌な感じ」が重なった。あの不快感は——世界の魔力の流れの異常を感じ取っていたのだろうか。


「第二に、種族間の調停。魔族・人間・精霊、各種族の間に立ち、均衡を保つこと。種族間の争いは世界の秩序を乱し、魔力循環にも悪影響を及ぼす。魔王は力による抑圧ではなく、信頼による均衡を目指すべきである」


「第三に、虚淵の監視。世界の裂け目を察知し、被害を最小限に抑えること。虚淵は世界の構造的な脆弱性であり、完全な消滅は不可能。しかし監視と早期対応により、被害を抑制することはできる」


 読み終えて、ヴァルゼンは水晶板から目を上げた。


(戦闘が——ない)


 魔王の三つの役割。感知、調停、監視。どれも——戦うことではなかった。


「戦闘は、これらの役割を果たす過程で必要となる場合がある。しかし戦闘そのものは目的ではない。魔王の本質は管理者であり、世界の秩序を維持する存在である。歴代の魔王が戦闘力を誇示してきたのは、管理者としての権威を裏付けるためであり、戦闘力そのものが魔王の本質ではない」


 記録保管庫の青白い光の中で、全員が沈黙した。


 最初に口を開いたのはフェリクスだった。


「戦闘力が本質ではなかった」


 モノクルの奥の瞳が、鋭く光った。声が震えていた——興奮か、衝撃か、あるいはその両方か。


「歴代の魔王は強大な戦闘力を持っていた。だからこそ、世界も——我々も——魔王=戦闘力と信じてきた。しかし先代の記録が示すのは、真逆の事実です。戦闘力は手段であって目的ではない。魔王の本質は管理であり、感知であり、調停である」


 エルヴィンが腕を組んだ。珍しく表情が真剣だった。


「つまり、戦闘力は魔王の条件じゃないってことか?」


「条件ではなく手段です。あればいい。なくても——役割は果たせる。少なくとも先代はそう記録している」


 フェリクスの視線がヴァルゼンに向いた。


「ということは、ヴァルゼン殿こそ——」


(来た。来ると思った。その目、やめてほしい)


「魔力感知。種族を超えた信頼の構築。虚淵の察知能力。全て——先代が記した魔王の三つの役割に合致しています。戦闘力がないことは、本質的な問題ではなかった。むしろ——」


 フェリクスが言葉を切った。その先を言うのを、自分で止めた。だが全員がその先を理解していた。


 グリゼルダが無言で頷いた。ミラベルの目が潤み始めた。エルヴィンが「やっぱりな!」と拳を握った。


 ヴァルゼンは水晶板を見つめたまま、動けなかった。


(偶然だ。偶然の一致だ。僕はただ怯えてただけで、調停なんかしてない。虚淵だって嫌な感じがするだけで——)


 だが——その反論が、以前ほど力強くなかった。


 セラフィオンが初めて口を開いた。


「この記録は——神々にも伝えられていなかった情報だ」


 金色の瞳の幾何学模様が、複雑に回転していた。


「魔王の本質が管理者であるという定義は、我も初めて知った。神々が設計した『魔王の役割』には、ここまで詳細な記述はない」


(セラフィオンも知らなかったのか)


「ヴァルゼン様」


 ザガンが静かに言った。


「先代の記録は、まだ続いております」


 ヴァルゼンは再び水晶板に目を落とした。次の節の見出しが浮かんでいた。


「魔王の本来の資質について」


 読み進めるべきか。読み進めたら、もう後戻りできないような気がした。


 だが——手は、すでに水晶板の上に置かれていた。


「……魔王って、戦うのが仕事じゃなかったのか?」


 独り言のように呟いた。誰に向けた言葉でもなかった。


 だがその問いに、水晶板の中の先代魔王が——文字を通じて——答えようとしていた。


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