懐かれる王
懐かれる王
古都での三日目、ヴァルゼンは子供に包囲された。
きっかけは、昨日の市場で出会った歯抜けの子供だった。あの子が友達を連れてきた。友達がさらに友達を連れてきた。友達の友達が隣の家の子供を連れてきた。そして今、宿舎の前庭に十五人以上の魔族の子供たちが集結していた。
(なんで増えたの。昨日一人だったのが今日十五人って、増殖速度が異常なんだけど)
「おうさまー!」
歯抜けの子供——名前はリュカというらしい——がヴァルゼンの足にしがみついた。角はまだ豆粒ほどで、目は丸く大きい。全身で「遊べ」と主張している。
「あそぼー!」
「え、いや、僕は今日、記録保管庫の準備が——」
「あそぼー!」
拒否権はなかった。子供の「遊ぼう」は、セラフィオンの「拒否権はない」と同等の強制力を持っていた。
ヴァルゼンは子供たちに引きずられるようにして、前庭で遊ぶことになった。
追いかけっこ。ヴァルゼンが追いかける側になったが、魔族の子供は足が速い。四歳児にすら追いつけない。三分で息が上がり、五分で膝をついた。
(体力が……ゴブリン以下の体力が……四歳児に負けている……)
かくれんぼ。ヴァルゼンが鬼になったが、魔族の子供は隠れるのも上手い。岩の隙間、屋根の裏、木の上——人間なら入れない場所にするすると入り込む。全員見つけるのに三十分かかった。
石投げ。子供たちが投げた石は、魔族の身体能力で信じられない飛距離を記録した。ヴァルゼンが投げた石は、五歩先にぽとりと落ちた。子供たちが爆笑した。
「おうさま、おそーい!」
「ごめん……ちょっと……休憩……」
ヴァルゼンが地面にへたり込むと、子供たちが周りに集まってきた。膝の上に乗る子、背中にしがみつく子、腕を引っ張る子。小さな手が四方八方から伸びてきて、ヴァルゼンは子供の海に沈んだ。
「おうさま、よわいね」
リュカが無邪気に言った。
(ぐさっ)
「おうさま、ちっちゃいね」
別の子供が言った。魔族の子供は五歳でもヴァルゼンの腰くらいまである。成長が早い。
(ぐさぐさっ)
「おうさま、かくもちいさいね」
角のことを言われた。ヴァルゼンの角は小指の先ほどしかない。この子供たちの角の方がまだ立派だった。魔族としての格が、四歳児以下だと突きつけられた。
(致命傷です。ありがとうございます)
だが——子供たちは笑っていた。侮蔑ではなく、純粋な笑い。弱い、小さい、角も小さい。だからこそ怖くない。だからこそ近寄れる。大人の魔族が恐れる「最凶の魔王」は、子供の目にはただの「弱くて小さいお兄さん」だった。
リュカがヴァルゼンの膝の上によじ登ってきた。小さな手でヴァルゼンの頬を挟んだ。
「おうさま、すき」
「え」
「だっておうさま、こわくないもん。ほかのおとなはこわいけど、おうさまはこわくない」
その一言が、ヴァルゼンの胸を突いた。
(怖くない——か。大人の魔族はみんな怯えてるのに、この子たちだけは)
子供の本能は正確だった。力のある者を恐れ、力のない者に安心する。ヴァルゼンに力がないことを、子供たちは肌で感じ取っているのだろう。弱いから怖くない。それは事実だ。だが——その事実が、なぜだか嬉しかった。
宿舎の窓から、パーティメンバーたちが様子を見ていた。
「子供に懐かれているな、ヴァルゼンは」
エルヴィンが笑った。満面の笑みだった。
「子供は正直だからな。本物を見分ける目がある。ヴァルゼンが本物の王だから、子供がわかるんだ」
(本物じゃない。むしろ偽物だから怖がられないんだ)
グリゼルダが窓辺で腕を組みながら、静かに呟いた。
「子供にすら恐れられない王の器量。これは——」
「グリゼルダ殿。それは興味深い解釈ですね」
フェリクスが横から口を挟んだ。
「子供が懐くのは、力がないからではなく、害意がないからです。魔族の子供の本能が、ヴァルゼン殿の善性を正確に見抜いている。恐怖を与えない——それは王として、最も重要な資質の一つかもしれません」
「なるほど。子供は嘘をつかぬ。ヴァルゼン殿の器が大きいのだ」
(器は小さいです。角と同じくらい小さいです)
前庭に、大人の魔族たちが集まり始めていた。子供たちがヴァルゼンに懐いている光景を見て、動揺しているようだった。
「子供たちが……あの魔王に……」
「恐れていない。怖がっていない」
「魔族の本能が真の王を見抜いたのではないか」
噂が広がっていく。ゼル・ヴァーラスの噂の伝達速度は、精霊に匹敵した。「魔王に子供が懐いた」という情報は、一時間で全層に知れ渡るだろう。
セラフィオンが宿舎の屋根の上に浮いていた。金色の瞳で、子供に囲まれたヴァルゼンを観測している。翼の明滅は安定していたが、幾何学模様の回転が——微妙に遅かった。何かを考え込んでいるときの回転速度だ。
リュカがヴァルゼンの手を引いた。
「おうさま、つよい?」
無邪気な質問が、心臓に刺さった。
「う、うん……た、たぶん?」
目が泳いだ。盛大に泳いだ。視線が右に行き、左に行き、天を仰ぎ、地を見つめた。
リュカは首を傾げた。そしてにっと笑った。前歯の隙間から、無邪気な笑顔が溢れた。
「うそだー」
子供には、嘘は通用しなかった。
「でもいいよ。おうさま、やさしいから。つよくなくても、いいよ」
その言葉が——ヴァルゼンの胸の、一番柔らかい場所に落ちた。
返す言葉を探している間に、リュカはもう別の遊びを始めていた。子供は切り替えが早い。ヴァルゼンの感傷など知ったことではない。
(強くなくても、いい——か)
その言葉を、ヴァルゼンはしばらく反芻していた。




