表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
207/309

魔族の日常

 魔族の日常


 ゼル・ヴァーラスの市場は、ヴァルゼンの想像を裏切った。


 活気があった。笑い声があった。子供が走り回っていた。


(あれ。怖い街を想像してたんだけど——普通に、街だ)


 赤い岩肌の回廊を歩く。左右には露店が並び、色とりどりの品物が所狭しと陳列されていた。魔族の工芸品——角を磨いた装飾品や、魔力を込めた光る石、獣の牙で作った首飾り。人間の市場とは品揃えが違うが、賑やかさは変わらない。


「へえ、これは面白い」


 フェリクスが露店の一つに足を止めた。魔力を封じた水晶の小瓶が並んでいる。


「魔力を液体化して保存する技術ですか。人間社会にはない技術だ。学術的に極めて興味深い」


「おっ、武具の店もあるぞ!」


 エルヴィンが別の露店に飛びついた。巨大な斧や棍棒が壁に掛けられている。人間用の武器の倍はある。


「でかいな! これ振れるのか? 振ってみていいか?」


「お、お客さん、それは鬼族の大将用で——」


 店主の魔族が慌てている。エルヴィンが片手で大斧を持ち上げたのを見て、さらに慌てた。


「人間で、この重さを片手で……!?」


「軽いな! もっと重いのはないか?」


 グリゼルダは工房の通りで足を止めていた。鍛冶屋が赤い炎の中で金属を叩いている。その技術に、武人の目が釘付けになっているようだった。


 ミラベルは薬草屋を覗き込んでいた。見慣れない薬草の数々に、僧侶としての好奇心が刺激されているらしい。


 ヴァルゼンは一行のやや後方を歩いていた。周囲の魔族たちの視線が気になる。いや、視線どころではない。道を歩くだけで、魔族たちが左右に分かれて道を空ける。


(すごく怯えてる。僕のことを怯えてる。これ、気まずい)


 ヴァルゼンの方も怯えているのだが、それは魔族たちには見えていないらしい。「最凶の魔王が市場を視察している」という認識で統一されているようだった。


 市場の奥に、学校のような建物があった。子供たちの声が聞こえる。


「あれは魔族の学び舎です」


 ザガンが説明した。


「魔族の子供も、人間と同じように読み書きや算術を学びます。加えて、魔力の制御法を基礎から教えています」


「へえ……」


 ヴァルゼンは建物を覗き込んだ。窓の向こうで、小さな魔族の子供たちが石板に何かを書いている。角はまだ小さくて、肌の色もまだ薄い。人間の子供とほとんど変わらない。


「普通ですね」


 つい口に出た。


 その瞬間、後ろで聞いていた魔族たちが息を呑んだ。


「ま、魔王様が……」

「我々を、『普通』と……!」

「対等に見てくださった!」


 歓声が上がった。涙ぐんでいる者までいる。


(え。何。「普通ですね」って感想を言っただけなのに、なんでこんな大事になるの)


「魔族は長年、人間社会から異端視されてきた」


 ザガンが静かに説明した。


「『普通』と言われることは、魔族にとって最大の賛辞に等しいのです」


(知らなかった。そんな意味があるなんて)


 だが結果として、ヴァルゼンの何気ない一言が、古都の魔族たちの心を大きく動かしてしまった。「魔王様が我々を対等に見てくださった」という噂は、市場から全層へと瞬く間に広がっていった。


 セラフィオンが後方で、翼を微かに明滅させながら全てを観測していた。


「……また、だ。意図せず周囲を変容させる。この者の周りでは、常にこれが起きる」


 その呟きは、市場の喧騒にかき消された。


 市場を一回りして通りに出ると、ヴァルゼンの足元に何かがぶつかった。


 見下ろすと——小さな魔族の子供が、ヴァルゼンの脚にしがみついていた。


 角はまだ豆粒ほどで、目は丸く大きい。四歳くらいだろうか。きょとんとした目でヴァルゼンを見上げている。


 怖がっていなかった。


(あ。この子、僕を怖がってない)


 大人の魔族たちはビクビクしている。衛兵も、商人も、職人も、全員がヴァルゼンの名を恐れている。


 だがこの子供は——ただ、にこにこと笑っていた。


 子供の母親らしき女性が慌てて駆け寄ってきた。


「す、すみません魔王様! この子が失礼を——!」


「いえ、全然大丈夫です」


 ヴァルゼンはしゃがみ込んで、子供と目線を合わせた。


「こんにちは」


 子供が、にっと笑った。


 歯が抜けていた。前歯が二本。その隙間から、無邪気な笑顔が溢れていた。


(この子は——僕が弱いことを、本能で感じ取ってるのかもしれない。だから怖がらない)


 弱いから、怖くない。


 その事実が——なぜだか、少しだけ嬉しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ