古都からの招待
古都からの招待
魔族の使者は、ゼル・ヴァーラスの評議会から遣わされた者だった。
「先代魔王ゼルヴァス陛下が遺された記録には、世界を救う手がかりがあると伝えられております」
使者は跪いたまま、額を床に擦りつけるようにして言った。声が震えている。ヴァルゼンの前で緊張しているのだろう。
(怖がらなくていいのに。僕の方が怖いんだけど)
「魔族の古都への正式な招待状をお持ちしました。評議会の総意です」
黒革の筒に収められた巻物が差し出された。ザガンがそれを受け取り、封蝋を確認した。
「間違いありません。ゼル・ヴァーラスの評議会の印です」
ザガンの声はいつも通り淡々としていたが、その琥珀色の目にわずかな感慨が滲んでいた。古都は、ザガンがかつて先代魔王に仕えていた場所でもある。
「魔族の正式な招待か」
フェリクスがモノクルを光らせた。
「これは極めて重要です。魔族社会が新たな魔王を認知し、正式に招くということは——」
「つまり、魔族がヴァルゼンを認めたってことだな!」
エルヴィンが拳を握った。碧い瞳が輝いている。
「すげえぞヴァルゼン! 人間にも魔族にも認められた魔王って、歴史上初じゃないか?」
(認められたのか? 本当に? 招待されただけじゃ……いや、正式な招待って結構大事なことなのかもしれないけど)
グリゼルダが使者を見据えた。
「古都の治安は。魔王陛下をお迎えするにあたり、安全は保障されるか」
使者が慌てて頷いた。
「は、はい! 古都の全戦力をもって魔王陛下をお守りいたします! 一匹の虫も寄せつけません!」
(虫は寄ってきてもいいんだけど)
ミラベルが嬉しそうに微笑んだ。
「ヴァルゼンさん、行きましょう。先代の記録には、きっと大事なことが書かれていると思います」
ヴァルゼンは招待状を見つめた。
先代魔王の記録。世界を救う手がかり。
正直に言えば、怖かった。魔族の古都に行って、自分の力のなさが露呈したらどうしよう。「偽物の魔王だ」とバレたらどうしよう。そもそも魔族の街なんて行ったこともない。怖い人しかいないんじゃないか。
(でも——)
先代の記録には、虚淵に関する手がかりがあるかもしれない。虚淵が繋がっているという直感が正しいなら、それを止める方法を知る必要がある。
「……行きます」
小さな声だった。だが、はっきりと言った。
「わからないことだらけですけど——先代の記録に、何かがあるかもしれないなら。行った方がいいと思います」
エルヴィンが満面の笑みで肩を叩いた。
「その意気だ! よし、準備するぞ!」
使者が再び深く頭を下げた。
「ありがとうございます、魔王陛下。古都は陛下のお越しを心よりお待ちしております。先代の記録には——世界を救う手がかりがあると言われております」
その言葉の重さが、ヴァルゼンの肩にずしりとのしかかった。
セラフィオンが壁際で腕を組んだまま、全てを観察していた。金色の瞳が使者を見、招待状を見、そしてヴァルゼンを見た。
「魔族の古都、か。我も同行する」
「えっ、セラフィオンさんも来るんですか」
「拒否権はないと、以前言った」
(言ってた。確かに言ってた)
ザガンが巻物を丁寧に閉じた。
「陛下。古都では、私がご案内いたします。先代の時代のことは——私が一番よく知っておりますので」
その声に、静かな覚悟が込められていた。
ヴァルゼンは頷いた。
魔族の古都ゼル・ヴァーラス。先代魔王の記録。世界を救う手がかり。
行けば何かが変わるかもしれない。変わらないかもしれない。
だが——行かない選択肢は、もうなかった。
翌朝、一行は西に向かって出発した。魔族の古都への旅が始まる。
ヴァルゼンは馬車の窓から流れる景色を眺めながら、内心で呟いた。
(魔族の都って、怖い人しかいないんだろうな。大きくて、強くて、角が立派で——僕の角なんて小指の先くらいなのに)
不安は尽きなかった。だが、隣にはエルヴィンがいて、フェリクスがいて、グリゼルダがいて、ミラベルがいて、ザガンがいて——そしてセラフィオンが、相変わらず浮きながら観察していた。
(一人じゃない。それだけが、今の僕の救いだ)
馬車は、西へ。魔族の古都を目指して、走り続けた。




