結果なき裁定
結果なき裁定
セラフィオンが結論を出したのは、日が傾き始めた頃だった。
草原に夕陽が差し込み、集まった証言者たちの影が長く伸びている。パーティメンバーたちは草原の一角に腰を下ろし、疲れた顔をしていた。ヴァルゼンに至っては、精神的な消耗で立っているのがやっとだった。
セラフィオンが、改めて全員の前に立った。
「三つの試練は、全て終了した」
その宣言に、草原が静まった。証言者たちも、パーティメンバーたちも、精霊たちも——全員がセラフィオンを見つめた。
「裁定を下す」
ヴァルゼンの心臓が跳ねた。
(来る。合否が来る。落ちたらどうなる。「消える」って言ってたよな。消えるって何。物理的に消えるの? 比喩? いや比喩じゃなさそうだったけど)
セラフィオンの翼がゆっくりと広がった。六枚の翼が夕陽を受けて金色に輝く。神々しい光景だった。
「武力の試練。結果——〇・三秒で敗北。前例なし」
淡々と事実が読み上げられた。ヴァルゼンの胃が縮んだ。
「知恵の試練。結果——『わからない。仲間に聞けばいい』。想定解を超越。前例なし」
超越ではない。届いていないだけだ。だが訂正する勇気はなかった。
「徳の試練。結果——本人の証言なし。代わりに百名を超える証言者が善行を証明。前例なし」
三つとも前例なし。それが良いのか悪いのか、ヴァルゼンにはまるでわからなかった。
「以上を踏まえ、裁定は——」
セラフィオンが言葉を切った。
長い沈黙が流れた。
草原の風が吹き、草の穂先が揺れる音だけが響いた。
「——判断を保留する」
え。
ヴァルゼンだけでなく、その場にいた全員が固まった。
「ほ、保留?」
エルヴィンが目を丸くした。
「判断を保留するって——合格じゃないのか?」
「合格とも不合格とも判定しない。それが裁定だ」
セラフィオンの声は平坦だったが、翼の明滅が不安定だった。この裁定に、神使自身も戸惑っているのかもしれない。
「前例のない試練結果に、前例に基づく判定は下せない。より長期の観測が必要と判断した」
草原がざわめいた。精霊たちが光の粒子を散らしながらさざめく。
「判断保留って……そんなのアリなのか?」
「数千年の試練の歴史で、初めてらしいよ」
「じゃああの魔王は、受かったの? 落ちたの?」
「どっちでもないらしい」
パーティメンバーたちの反応は、予想通りだった。
「合格に決まっている」
エルヴィンが即断した。
「試練の方がヴァルゼンに追いつけなかったんだ。保留ってのは、つまり試練が足りなかったってことだろう」
(そんなポジティブな解釈ある?)
「興味深い裁定ですね」
フェリクスがモノクルを光らせた。
「試練を超越した——まさに魔王としか言いようがない。既存の枠組みでは測定不能ということです」
(超越してない。枠組みに届いてないだけだ)
「ヴァルゼンさん……」
ミラベルが手を合わせた。涙は止まっていたが、目はまだ赤い。
「きっと、セラフィオン様も本当はわかっていらっしゃるんです。ヴァルゼンさんが素晴らしい方だって。ただ——言葉にできないだけで」
(ミラベルの解釈力が怖い。もはや超能力の域だ)
グリゼルダは無言だったが、口元にかすかな笑みが浮かんでいた。「予想通り」とでも言いたげな表情だった。
ザガンだけが、少し離れた場所で腕を組んでいた。
「判断保留、か」
ザガンの呟きは、誰にも聞こえなかったかもしれない。だがその声には、満足に近い響きがあった。
(結局どっちなの!? 合格なの不合格なの!? 誰かはっきり教えてくれないかな!?)
ヴァルゼンの内心の叫びは、やはり誰にも届かなかった。
セラフィオンが、ヴァルゼンの前に歩み寄った。
金色の瞳が、真正面からヴァルゼンを捉えた。近い。神使との距離が、これまでで一番近かった。
「もう少し、お前を見させてもらう」
「え」
「裁定のためにはさらなる観測が必要だ。我はしばらくの間、汝らに同行する」
(同行!? この人が!? ずっと!?)
ヴァルゼンの顔が引きつった。セラフィオンの観察眼が常に傍にある生活。あの金色の目に四六時中見つめられる日々。想像しただけで胃が痙攣した。
「あ、あの、それは——」
「拒否権はない」
にべもなかった。
エルヴィンが満面の笑みで拳を突き上げた。
「おお! 神の使いが仲間になるのか! 最高だな!」
(最高じゃない! 全然最高じゃない!)
だが、もう決まってしまった。
夕陽が草原を赤く染めていた。試練は終わった。合否は出なかった。そして新たな同行者が増えた。
ヴァルゼンは深くため息をついた。
(僕の人生、どこに向かってるんだろう……)
その疑問に答えてくれる者は——少なくともこの場には、いなかった。




