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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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知らなかった物語

 知らなかった物語


 証言者たちの列は、まだ途切れていなかった。


 ヴァルゼンは天空の闘技場の中央に立ったまま、次々と現れる人々の顔を呆然と見つめていた。知っている顔もあれば、見覚えのない顔もある。だが全員が、ヴァルゼンの名を口にし、ヴァルゼンに頭を下げ、ヴァルゼンの「善行」を語った。


(善行って、何のことだ……?)


 最初に現れた村人たちは、疫病を止めた村の人々だった。それはまだわかる。確かにあの村には行った。行ったが——ヴァルゼンの記憶では、たまたま虚淵の気配を感じて逃げようとしただけだ。疫病の原因が虚淵の余波だったことも、逃げ道を探している間に偶然気づいたに過ぎない。


 だが村人たちが語る「その後」は、ヴァルゼンの知らない物語だった。


「あれから村は変わりました」


 白髪の村長が、杖をつきながら語った。声が微かに震えている。


「疫病が消えた後、若者たちが戻ってきたのです。隣村にまで噂が広がって——魔王様が守ってくださる村だと。農地は二倍に広がり、今では近隣で一番の実りをあげております」


(いや、僕は守ってなんか……あの時は本当にただ逃げようとしてて……)


 次に現れたのは、戦争を避けた街の住民たちだった。ヴァルゼンが単身で強硬派の陣営に赴き、結果として武器を降ろさせたあの街だ。


 代表として進み出た商人の男が、深々と頭を下げた。


「あの日以降、街は交易の要所になりました。かつて敵同士だった魔族と人間の商人が、同じ市場で商いをしております。魔王様が戦争を止めてくださったおかげです」


(止めたっていうか、お腹が鳴っただけだよね。あの時は本当に恥ずかしかった)


 証言は次から次へと続いた。


 街道で盗賊に襲われていた行商人。ヴァルゼンが通りかかったとき、恐怖のあまり叫んだ声が盗賊を散らしたのだが——本人たちの認識では「魔王の威光で賊が逃げ出した」ことになっている。その行商人は今では大商会の主となり、交易路の安全を守る自警団を組織していた。


 ベリオスの元部下たち。かつての強硬派兵士たちは、武器を降ろした後に各地の村の警備兵となり、虚淵から住民を守る仕事に就いていた。鬼族の若い兵士——あのとき最初に槍を降ろした青年——が、まっすぐにヴァルゼンを見つめて言った。


「俺は、あの日から誇りを持って生きられるようになった。殺すための力じゃなくて、守るための力として、この腕を使えるようになった。——ヴァルゼン様のおかげだ」


(その、あの時のことは本当にすみませんでした。ただお腹が空いてただけで——)


 ヴァルゼンの内心のツッコミは、もはや追いつかなくなっていた。


 闘技場の観覧席では、パーティの面々がそれぞれの反応を見せていた。


 エルヴィンが腕を組み、満足そうに頷いている。


「やっぱりな。ヴァルゼンの影響力は大陸規模なんだ。証言者がこれだけ集まるのが、その証拠だ」


(影響力じゃなくて誤解力だよ。大陸規模の誤解だよ)


 フェリクスがモノクルを光らせながら呟いた。


「興味深い。武力による支配ではなく、存在そのものが周囲を変容させている。これは——従来の魔王像の完全な刷新だ」


 グリゼルダが無言で頷き、その横でミラベルが静かに涙を流していた。いつものことだが、今回はいつもより多い。


 ザガンだけが、闘技場の隅で腕を組み、複雑な表情を浮かべていた。その琥珀の瞳が、ちらりとセラフィオンを見た。


 セラフィオンは——動かなかった。


 金色の瞳に浮かぶ幾何学的な紋様が、いつもより速く回転していた。しかしその表情は読めない。超然とした神使の仮面の奥で、何が起きているのか。


 だが一つだけ、確かなことがあった。


 セラフィオンの三対の翼が——微かに、明滅していた。


 証言がようやく一段落したとき、ヴァルゼンは闘技場の中央に立ち尽くしていた。


 頭の中が真っ白だった。


 僕がしたことは、ほとんど何もない。怖くて逃げようとして、お腹が鳴って、怯えた声で「殺したくない」と言って——それだけだ。


 なのに。


 あの村は蘇っていた。あの街は栄えていた。あの兵士たちは新しい人生を歩んでいた。


 知らなかった。全部、知らなかった。


 自分が通り過ぎた場所で、そんなことが起きていたなんて。


(みんな、幸せそうだった)


 その事実が、胸の奥に染み込んでいく。じわりと、温かいものが広がっていく。


 ヴァルゼンは自分でも気づかないうちに、目元を拭っていた。


「ヴァルゼンさん」


 不意に、袖を引かれた。


 振り向くと、ミラベルが涙で赤くなった目でこちらを見上げていた。いつの間にか観覧席から降りてきたらしい。


「泣いてますよ」


「え、嘘、泣いてない泣いてない」


 慌てて目元を拭う。しかし拭った手の甲が濡れていて、言い訳のしようがなかった。


「泣いて、ないんだけどな……」


 声が掠れた。


 ミラベルが、小さく微笑んだ。


「ヴァルゼンさんは、本当にすごい方です」


「いや、すごくない。全然すごくない。みんなが勝手に——」


 言いかけて、止めた。


 勝手に幸せになった。そう言おうとした。でもそれは——なんだか、とても大切なことのような気がした。


 助けた人が、勝手に幸せになっていた。


 それは、悪いことなんだろうか。


 わからない。わからないけれど——胸が、温かかった。


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