続く列
続く列
証言者の列は、途切れなかった。
エルデの村の人々が下がると、次の一団が草原を歩いてきた。先頭に立つのは、恰幅のいい商人の男だった。
「ヴァストルの街、商業組合代表のハインリヒと申します」
深々と頭を下げた。
ヴァストルの街——ヴァルゼンの記憶が、鈍い痛みとともに蘇った。あそこは強硬派との緊張状態が続いていた街だ。ヴァルゼンが単身で強硬派の陣営に赴き——というか、道を間違えて迷い込み——結果として武器を降ろさせた街。
正確に言えば、空腹でお腹が鳴って、その音に驚いた強硬派の指揮官が毒気を抜かれて戦意を喪失した、という経緯だった。
「魔王様のおかげで戦争は回避されました。そしてあれから——街は大きく変わりました」
ハインリヒの声に、誇りが滲んでいた。
「かつて敵同士だった魔族と人間の商人が、今では同じ市場で取引をしております。年に一度の合同市は大陸有数の規模に成長し、街の人口は当時の三倍です。これは全て、魔王様が戦争を止めてくださったおかげです」
(お腹が鳴っただけなんだけどな……)
次に現れたのは、鬼族の若者たちだった。
先頭の青年には見覚えがあった。ベリオスの元部下——あのとき最初に槍を降ろした若い兵士だ。
「俺は、ガルガ・ベリオス配下の元三番隊副長です」
背筋を伸ばし、軍人の所作で一礼した。
「あの日、俺たちは魔王様に降伏しました。恥だと思っていました。武器を降ろしたことが——兵士として終わりだと。ですが」
青年の声が震えた。
「今、俺たちは各地の村で警備兵をしています。虚淵から住民を守る仕事です。殺すための力じゃなくて、守るための力として——この腕を使えるようになりました」
背後に控える元兵士たちが、一様に頷いた。
(そんなことになってたのか。全然知らなかった)
ヴァルゼンは呆然としていた。自分が通り過ぎた場所で、こんなことが起きていたなんて。
「え、なんで皆さんここに……?」
思わず口にした。
ガルガ青年が不思議そうな顔をした。
「魔王様の試練があると聞きました。証言が必要だと。それなら行かねばと思いまして」
「遠かったでしょう。わざわざこんなところまで……」
「遠いですよ。馬車で三日かかりました」
あっさり言われた。三日。この青年は、ヴァルゼンのために三日間も旅をしてきたのだ。
次は街道で助けた行商人だった。盗賊に襲われていたところにヴァルゼンが通りかかり、恐怖のあまり上げた叫び声で盗賊が逃げ出した——というのが真相だが、本人の認識では「魔王の威光で賊が散った」ことになっている。
「あの日から人生が変わりました。今では大商会を構え、街道の安全を守る自警団も組織しております。全て、魔王様のおかげです」
(叫んだだけなんだけど)
だが、もう突っ込む気力がなかった。
証言は次から次へと続いた。山道で崩落から救った旅人。飢饉の村に食糧を届けた——正確には、エルヴィンが大量に買い込んだ食糧を運ぶのを手伝っただけ——農民たち。魔族と人間の争いを仲裁した——正確には、両方に怯えて泣きそうになっていたら、両陣営が気まずくなって矛を収めた——街の住民たち。
全ての証言に共通していたのは、ヴァルゼンの認識と証言者の認識が食い違っていることだった。
「ヴァルゼンさん、また困惑してますね」
ミラベルが隣に来ていた。涙は一旦止まっていたが、目はまだ赤い。
「うん。だって、僕がやったことと皆さんが言ってることが、全然違うから」
「違わないですよ」
ミラベルが首を振った。
「ヴァルゼンさんがどう思っていたかは関係ないんです。ヴァルゼンさんがいたから——みんなが救われた。それだけが事実なんです」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
否定できなかった。ヴァルゼンの内心がどうであれ、目の前にいる人々は——確かに、ここにいた。生きて、笑って、感謝を伝えに来てくれていた。
セラフィオンの表情が変わり始めていた。
金色の瞳の幾何学模様の回転が、先ほどから不安定だった。困惑——いや、もうそれだけではない。もっと複雑な何かが、神使の内側で渦巻いているようだった。
そして証言者の列は——まだ、途切れていなかった。




