表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
185/340

闘技場への道

 闘技場への道


 レーヴェン地方の虚淵は、パーティの連携で一時的に封じることができた。


 ヴァルゼンが魔力感知で核の位置を特定し、フェリクスとミラベルの術式で封印し、エルヴィンとグリゼルダが周囲の被害を食い止めた。何度も繰り返してきた手順だった。集落の住民は事前の避難指示で全員無事だった。


 だが、封じただけだ。


 根本的な解決には程遠い。


 そしてその日の午後——セラフィオンが、試練の場所を告げた。


「天空の闘技場アリーナ・カエリス。かつて神々が世界の守護者を選定するために造った試練場だ。汝の試練も、そこで行う」


(天空の闘技場。名前からしてもう無理。天空って何? 空にあるの? 高所恐怖症なんだけど)


 高所恐怖症ではなかったが、ヴァルゼンは自分が高所恐怖症であってほしいと思った。それなら試練を辞退する正当な理由になる。


 闘技場への道は、丸一日の行程だった。


 セラフィオンが先導し、パーティがその後に続く。神使は歩かない。地面から数センチ浮いたまま、滑るように前進する。速くもなく遅くもなく、人間の歩行速度にぴったり合わせていた。


(あの人、わざと僕らに合わせて速度を落としてるんだろうな。本気を出したら瞬間移動とかできそうだし)


 道中、セラフィオンはずっとヴァルゼンを見ていた。


 ずっと、だ。


 正面を向いているように見えて、金色の瞳の端がヴァルゼンを捉えている。虹彩の紋様が微かに回転し続けている。観測が——途切れていない。


 ヴァルゼンはその視線を、背中で感じていた。


(怖い。ずっと見られてる。品定めされてる。いや、品定めっていうか、観察? 虫の標本を作る前の学者みたいな目。やめてほしい。本当にやめてほしい)


 視線に耐えかねて、ヴァルゼンは無意識に挙動がおかしくなった。


 歩幅が安定しない。右を向いたり左を向いたり。小石に躓きかけては体勢を直し、木の枝が顔に迫れば過剰に避け、道端の花に目をやっては足を止めかける。


 要するに、落ち着きがなかった。


 その挙動を、セラフィオンの付き人——道中から合流した白衣の天使のような存在——が、克明に記録していた。


「報告いたします」


 付き人がセラフィオンの耳元で囁いた。声量を抑えていたが、ヴァルゼンの近くにいたフェリクスの耳には届いていた。


「魔王ヴァルゼンの行動パターンですが——行軍中、常に周囲に注意を払い、地形、植生、気象の変化を逐一確認しておられます。石一つ、枝一本に至るまで見落としがありません。また、道端の薬草にも反応しており、知識の広さが窺えます。これは——王者の所作かと」


(花だよ! 綺麗な花が咲いてたから見ただけだよ! 薬草かどうかなんて知らない! 王者の所作じゃない、ただの落ち着きのなさだ!)


 フェリクスがモノクルを光らせて頷いた。


「ふむ。やはりそうですか。ヴァルゼン殿は、余裕があるからこそ周囲に気を配れるのです。常人なら神使の前で萎縮するところを、この方は平常心で行軍なさっている」


(平常心じゃない! むしろ異常心だ! 胃が千切れそうなんだ!)


 エルヴィンが後方から声を上げた。


「ヴァルゼン! さっきから花や石ころまで気にしてるな。もしかして、道中に罠がないか確認してるのか? さすがだ!」


「いえ、あの——」


「安心しろ! 仮に罠があっても、お前なら楽勝だ!」


(罠じゃない。花を見てただけだし、石に躓いただけだし、枝が怖かっただけだ)


 グリゼルダが隣を歩きながら、小声で言った。


「ヴァルゼン。お前がこの道中で周囲を警戒する姿を見て、改めて確信した。お前は戦場に立つ者の心構えを持っている」


(持ってない。挙動不審なだけだ。警戒じゃなくて怯えだ)


 ミラベルは何も言わなかった。ただ、隣を歩きながら穏やかに微笑んでいた。その微笑みが、ヴァルゼンの心を少しだけ落ち着かせた。


 ほんの少しだけ。


 午後の陽が傾き始めた頃、一行は山道を登りきった。


 そして——それは、唐突に姿を現した。


 雲の上に、闘技場があった。


 巨大だった。


 直径は百メートルを優に超える円形の構造物が、雲海の上に浮かんでいる。白い石材と金の装飾で造られた壮麗な外壁。等間隔に並ぶ巨大な列柱。観客席のように弧を描く段差。そして中央には、試練が行われるであろう広大な平地。


 古代の闘技場を、そのまま空に持ち上げたような光景だった。


「あれが——天空の闘技場アリーナ・カエリス


 エルヴィンが息を呑んだ。


「神々が造った、か。なるほど、確かに人の技じゃない」


 フェリクスが目を細めた。


「構造物を空中に固定する術式の複雑さ……数千年の維持を可能にする魔力の循環構造……これは、学術的にも極めて——」


「フェリクス。今はいい」


 グリゼルダが遮った。彼女の目は、闘技場の中央を見据えていた。


「問題は、あそこで何が待っているかだ」


 セラフィオンが振り返った。


「行くぞ、魔王ヴァルゼン。汝の器を——我が見定める」


 翼が大きく広がり、光が溢れた。


 パーティを包む浮遊の術式が発動し、一行の足が地面を離れた。ゆっくりと、雲の上へと昇っていく。


 ヴァルゼンは足元を見下ろした。


 地面が遠ざかっていく。雲が近づいてくる。闘技場の白い壁が、どんどん大きくなる。


(帰りたい)


 闘技場の入口が見えた。


(帰りたい)


 列柱の間から、中央の広場が垣間見えた。そこには何かが——巨大な何かの気配が、蠢いていた。


(帰りたい)


 三回思った。三回とも本気だった。


 だが、帰る場所はもうなかった。


 神使の試練は、目の前にある。


 ヴァルゼンの足が、天空の闘技場の白い石畳に触れた。


 冷たかった。空の上は、地上よりずっと冷たかった。


 セラフィオンが中央に進み、振り返った。


「武力の試練——明朝より開始する。今宵は休め」


 休め、と言われても。


 ヴァルゼンは闘技場の隅に座り込み、膝を抱えた。


 遥か眼下に広がる雲海を見つめながら、彼は思った。


(僕の人生、どこで間違えたんだろう)


 星が瞬き始めていた。


 セラフィオンが少し離れた場所に佇み、やはりヴァルゼンを見ていた。観測の目は、夜になっても閉じることがなかった。


 翼の明滅だけが、微かに——揺らいでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ