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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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世界を救うには、新たな魔王が必要だ。

 世界を救うには、新たな魔王が必要だ。


 フェリクスがその結論を口にした瞬間、会議室の空気が凍った。


 王都アルヴェスタの一角、勇者パーティに割り当てられた作戦室。長テーブルの上には分析結果をまとめた羊皮紙の束が広げられ、大陸各地の虚淵ニヒラム発生箇所を示す地図が壁に貼られていた。赤い点が地図を埋め尽くしている。それだけで十分に絶望的な光景だった。


「整理しましょう」


 フェリクスがモノクルの位置を直した。この男がモノクルを直すときは、厄介な話が始まる合図だ。ヴァルゼンはもう学習していた。


「虚淵の発生地点は、大戦の激戦地と完全に一致する。これはザガン殿の証言——先代魔王が魔力循環の守護者であったという事実とも符合します。先代の死により、循環を管理する者がいなくなった。結果として、大戦で損傷した脈点が修復されぬまま崩壊を始め、虚淵が加速的に拡大している」


 エルヴィンが腕を組んだ。


「つまり、先代魔王がやっていたことを、誰かがやらなければならない」


「その通りです。魔力循環を感知し、調整し、脈点を修復する。それができるのは——魔王の血統を持つ者だけです」


 沈黙が降りた。


 重い、とてつもなく重い沈黙だった。


 全員の視線が、テーブルの末席に座っている一人の青年に集まった。灰銀の髪、淡い紫の瞳、額の小さな角。見た目だけなら書生と間違えそうな、魔王らしさの欠片もない青年。


 ヴァルゼンは、自分に向けられた視線の意味を、三秒かけて理解した。


(……え。ちょっと待って。待って待って待って)


「なんで僕を見るの」


 声が裏返った。


 エルヴィンが真っ直ぐにヴァルゼンを見据えた。勇者の碧い眼には、揺るぎない信頼が宿っていた。


「他に誰がいるんだ」


(い、いや、それは確かにそうなんだけど! 魔王は僕しかいないんだけど! でもそれとこれとは話が違う! 僕にできるのは「なんか嫌な感じがする」って程度の感知だけで、世界規模の魔力循環を管理するなんて無理に決まってるだろ!)


 グリゼルダが静かに立ち上がった。鎧の金属が微かに鳴った。


「魔王殿。貴殿は虚淵の核を見つけ、封印を主導した。あの場にいた誰にもできなかったことだ」


(あれは偶然だ! 嫌な感じがする方向を指さしたらたまたま当たっただけだ!)


 ミラベルが両手を胸の前で組んだ。その目が潤んでいた。


「ヴァルゼンさま。世界が苦しんでいるんです。ヴァルゼンさまの力が、必要なんです」


(泣かないで! ミラベルが泣くと僕の罪悪感が天井を突き破る!)


 ザガンが控えめに一歩前に出た。


「陛下。私は先代に仕え、その守護の任がいかに過酷であったかを知っております。ですが——先代にはなかったものが、陛下にはある」


「な、なかったもの?」


「仲間です」


 ザガンの声は静かだった。だが、その一言には、長い歳月を一人の魔王の影で過ごした者だけが知る重みがあった。


「先代は孤独に世界を支え続けました。誰にも真実を明かさず、理解者もなく。ですが陛下には——この方々がいる」


 ザガンの視線がパーティの面々を巡った。エルヴィン、グリゼルダ、フェリクス、ミラベル。そしてテーブルの隅で腕を組んでいるベリオスにも。


 ヴァルゼンは唇を噛んだ。


(仲間。そうだ、この人たちは僕の仲間だ。誤解に満ちた、でも本物の仲間だ。僕が最弱だと知ったら失望するかもしれない。でも今、この人たちは僕に期待している。世界を救えると信じている。その信頼が——重い。王冠よりずっと重い)


 フェリクスが羊皮紙を一枚めくった。


「現時点で確認されている大規模虚淵は八箇所。拡大速度から推算すると、三ヶ月以内にさらに五箇所が臨界に達します。最悪の場合、大陸の三割が消滅する」


「三割!?」


 ヴァルゼンの悲鳴に近い声が会議室に響いた。


「冷静に分析すれば、現時点で対処可能な手段は二つ。一つは各脈点に魔力を一時的に注入して延命する方法。もう一つは、魔王の血統が持つ循環調整能力で根本的に修復する方法。前者は対症療法であり、後者が本質的な解決です」


 エルヴィンがテーブルを叩いた。


「ならば答えは決まっている。ヴァルゼン、お前がやるんだ」


(決まってない! 全然決まってない! 僕の意見を聞いて!)


 だが、パーティ全員の顔を見渡したとき、ヴァルゼンの心の中で何かが静かに動いた。


 エルヴィンの揺るぎない信頼。グリゼルダの静かな覚悟。フェリクスの冷静な分析。ミラベルの祈るような眼差し。ザガンの深い敬意。そしてベリオスの——かつては敵意しかなかった瞳に宿る、微かな期待。


 この人たちのために。


 ヴァルゼンは、震える手をテーブルの下で握りしめた。


(怖い。怖い怖い怖い。でも——)


 この人たちが信じてくれるなら。


 世界の重さを、一人で背負わなくていいなら。


「……わかった」


 声は小さかった。震えていた。でも、確かに口から出た。


「僕に何ができるかは、正直わからない。でも——」


 ヴァルゼンは顔を上げた。


「僕にできることがあるなら、やる」


 エルヴィンが笑った。太陽のような笑みだった。


「それでこそ俺の魔王だ」


(「俺の」って何だ。所有格がおかしい。僕は誰のものでもない。いや、今はそこじゃない)


 グリゼルダが深く頷いた。


「恐怖を知りながら前に進む。これが真の勇気だ」


(それはかつて国王陛下にも言われた評価だ。でも僕は勇気で前に出たんじゃなくて、逃げ場がなかっただけなんだ。本当に)


 フェリクスが羊皮紙をまとめながら、小さく呟いた。


「覚悟を決めた上で震える。やはりこの方は、常人の理解を超えている」


(超えてない。震えてるのは本当に怖いからだ)


 ミラベルが涙を拭いて微笑んだ。


「ヴァルゼンさまなら、きっとできます」


 ヴァルゼンは笑い返そうとしたが、顔の筋肉がうまく動かなかった。


(きっとできます、って。その根拠はどこにあるんだ。僕の戦闘力はゴブリン以下だぞ。世界を救うどころか、ゴブリンの巣穴すら攻略できない男だぞ)


 だが、もう後には引けなかった。


 ヴァルゼンは——最弱の魔王は、世界を救う覚悟を口にしてしまった。


 震えながら。怯えながら。それでも。


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