大戦の傷痕
大戦の傷痕
フェリクスの分析報告は、翌日も続いた。
今度は場所を変え、王城の大書庫で行われた。大戦時代の記録が必要だったのだ。
長テーブルの上に、古い戦史書が何冊も開かれていた。ページの端が茶色く変色した古文書。大戦の指揮官たちが残した戦場記録。そして——魔王軍の側の記録は、ザガンが記憶から口述したものをフェリクスが書き起こしたものだった。
「大戦は六年間に及びました」
フェリクスが戦史地図を広げた。
「大陸各地で大規模な戦闘が行われ、双方が膨大な魔力を消費した。特に後半の三年間は——」
フェリクスの指が地図上の赤い点を辿った。
「人間側が対魔族用の魔力兵器を投入し始めてから、消費量が跳ね上がります。先代魔王の側も対抗して大規模魔法を行使した。結果——」
「脈点が壊れたんだ」
ヴァルゼンが呟いた。
全員が振り向いた。
(あ、口に出しちゃった。でもそうだよね? 昨日の説明を僕なりにまとめると、戦争で使いすぎた魔力が世界の血管を壊した。つまり——戦争のせいだ)
「ヴァルゼン様」
フェリクスの目が光った。
「今、仰ったことを——もう一度」
「え? あの、脈点が壊れたんだ、って——」
「いえ、その次の呟きです」
「えっと……戦争のせい?」
フェリクスが手帳を閉じた。ペンを置いた。そして——深く頷いた。
「本質を一言で抉り出す。やはりこの方は」
(いや、単純に要約しただけなんだけど)
「ええ、その通りです。戦争のせいだ。人間も魔族も、大地の魔力を武器として使い、脈点を踏み荒らし、循環を破壊した。虚淵は——大戦の傷痕です」
ベリオスの拳が、テーブルの下で握りしめられた。
「先代は——知っていたのか。この傷痕のことを」
ザガンが口を開いた。
「おそらく。先代は大戦の末期、戦い方を変えられました。大規模魔法の使用を制限し、自ら前線に出て肉体で戦う方針に切り替えた。あの時は——魔力の温存だと思っておりましたが」
「脈点への負荷を減らすためだった、と?」
「今にして思えば。先代は、世界が傷ついていることに——気づいておられたのかもしれません」
ベリオスの顔が歪んだ。
「先代は——世界を守りながら戦っていたというのか。俺たちには何も言わず」
ザガンが目を伏せた。
「先代は孤独な方でした。多くを語らず、多くを背負い、一人で——」
沈黙が降りた。
ヴァルゼンは先代魔王のことを想像した。二メートルを超える巨躯。山を砕く拳。だがその内側に——世界の傷を感じ取る感覚を持ち、誰にも言えず、一人で戦い続けた王。
(……つらかったろうな、先代は)
その素直な感情が顔に出たのだろう。ミラベルが小さく頷いた。
「先代魔王様も、きっと——孤独だったんですね」
エルヴィンが拳をテーブルに置いた。静かに、しかし確実に。
「先代は一人で背負った。だが——ヴァルゼンは一人じゃない」
視線がパーティ全員を巡った。
「フェリクス。分析の続きを」
「はい。脈点の損傷メカニズムが解明されたことで、対策の方向性が見えてきました。損傷した脈点に魔力を補充し、循環を回復させる。それが根本的な治療法です」
「補充する魔力は、どこから?」
「世界の循環そのものから引き出す必要があります。つまり——循環全体を感知し、余剰のある脈点から不足している脈点へと魔力を振り分ける。世界規模の魔力の再配分です」
途方もない話だった。
「それができるのは——」
「魔王の血統が持つ、魔力循環への接続能力です。先代はそれを用いて、世界を管理していた」
また全員の視線がヴァルゼンに集まった。
(何回目だこれ。何回目の「全員がこっちを見る」だ)
「つまり——戦争のせいで壊れた世界を直すには、僕が先代と同じことをしなきゃいけない?」
「端的に言えば——はい」
ヴァルゼンは椅子の背にもたれた。天井を見上げた。
(先代は強かった。だから一人でやれた。でも僕は弱い。一人では絶対に無理だ。でも——やらなきゃいけないんだ。世界が壊れてるんだから)
「……わかった」
声は小さかった。でも、逃げの色は——なかった。
「わからないことだらけだけど。でも、戦争のせいで世界が壊れてるなら——それを直すのが、今の魔王の仕事なんだろうね」
フェリクスが手帳にメモした。
「本質を一言で。やはり——」
「フェリクスさん、その手帳に何書いてるか教えてくれない?」
「企業秘密です」
(企業って何だ)




