表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
170/340

虚淵の核

 虚淵の核


 大都市グランヴェールが悲鳴を上げていた。


 到着した時点で、都市の北西区画——商業地区の約四割が消失していた。虚淵の闇が建物を呑み込み続けている。道が消える。壁が消える。窓から見える景色が、一瞬で暗黒に変わる。


「規模が違う——!」


 エルヴィンが叫んだ。


 エスターシュの比ではなかった。消失の速度が段違いに速い。目の前で建物の角が削り取られていく。まるで巨大な何かが、都市を端からかじっているように。


「避難は?」


「北西区画の住民は八割が脱出済み。だが拡大速度がこのままなら、中心街に到達するのは——」


 フェリクスが時計を見た。


「約三時間」


 中心街には数万人がいる。三時間では全員の避難は不可能だ。


(三時間。三時間で——)


 ヴァルゼンの頭が真っ白になりかけた。しかし、もう真っ白になっている場合ではないと、体の奥の何かが告げていた。


「フェリクスさん。虚淵を止める方法は——」


「封じることが可能かもしれません。エスターシュでは自然に停止しましたが、今回は規模が大きすぎる。自然停止を待てば都市が消えます」


「何か——方法は」


「虚淵には核がある、と私は仮説を立てています。発生源となる一点——脈点の損傷箇所です。もし核を特定して、そこに集中的に魔力を注入すれば、一時的に封じられるかもしれない」


「核を見つけるには?」


 フェリクスがヴァルゼンを見た。


「魔王殿の感知に頼るしかありません」


 ヴァルゼンは唾を飲んだ。


(見つけろ、と。この巨大な虚淵の中から、核を一つだけ——)


 目を閉じた。


 感覚を広げた。


 虚淵の冷たい淀みが、津波のように押し寄せてきた。エスターシュの時とは桁が違う。巨大な闇が、感知の全域を覆い尽くしている。方向も距離もわからない。ただ冷たい。どこもかしこも冷たい。


(——ダメだ。大きすぎて全体像が掴めない。冷たさに飲み込まれそうだ)


 頭が痛い。こめかみが軋む。意識が霞みかける。


「ヴァルゼン様、無理をしないで——」


 ミラベルの声が遠くから聞こえた。


(でも——止めなきゃ。三時間後に中心街が消える。何万人もの人が。それを止められるのが、僕の感知だけだっていうなら——)


 感覚の焦点を絞った。


 全体を見ようとするからダメなのだ。エスターシュで学んだことがある。地面に触れると精度が上がる。


 ヴァルゼンは膝をつき、両手を地面に押しつけた。


 冷たい石畳の感触。その下の土。その下の——魔力の流れ。


(ある。微かに——流れている。魔力の道があるんだ。地下に)


 流れを辿った。感覚を糸のように細く伸ばし、地下の魔力の道を手繰たぐっていく。


 冷たい。暗い。でも——道がある。


 北へ。北西へ。どんどん深く。


 そして——見つけた。


「あった——!」


 声が出た。


「北西の——ここから約八百メートル。地下。深い。すごく深いところに——穴がある。そこから冷たいのが噴き出してる」


「座標は確認しました」フェリクスが即座に地図に印をつけた。「北西八百メートル——旧市場の地下か。問題は、その上がすでに虚淵の範囲内だということです」


「虚淵の中に入るのか?」エルヴィンが声を上げた。


「核を封じるには、核に直接魔力を注入する必要があります。つまり——」


「虚淵の端から魔法を撃ち込むってことか」


「はい。ただし、核の正確な位置がわからなければ届かない。魔王殿に誘導していただく必要がある」


 ヴァルゼンは立ち上がった。膝が震えていた。


「僕が——案内する。核の場所を感じながら、皆の魔法を誘導する」


(何を言ってるんだ僕は。虚淵の縁に立って、皆の魔法を正確に導くなんて。失敗したら都市が消える。何万人もの命が——)


「行きましょう」


 フェリクスが頷いた。


 虚淵の縁は、恐ろしかった。


 一歩近づくだけで、全身の毛が逆立つ。存在の欠落。そこに足を踏み入れたら——自分もまた、消える。


 ヴァルゼンは虚淵の縁に立ち、両手を前に伸ばした。感知を全開にした。核の位置を探る。地下八百メートル先の——あの冷たい噴出点を。


「見える——感じる。あそこだ。地下深く——そこに穴がある」


「魔力を集中させます」


 フェリクスが杖を構えた。グリゼルダが魔力を込めた剣をかざした。ミラベルが聖なる光を灯した。エルヴィンは——剣を鞘に収めたまま、ヴァルゼンの背中を支えた。


「倒れるなよ」


「……うん」


「方向は——もう少し左! 下に! そう、そこ——今!」


 四人の魔力が、ヴァルゼンの誘導に従って一点に集中した。


 虚淵の闇の中で、何かが軋んだ。


 そして——止まった。


 拡大が、止まった。


 虚淵の縁が、それ以上広がるのをやめた。


「——封印成功」


 フェリクスの声が、かすれていた。


 ヴァルゼンの視界が暗くなった。感知を限界まで酷使した反動が、一気に来た。膝が折れ——


 エルヴィンの腕が、ヴァルゼンを支えた。


「やったぞ、ヴァルゼン。お前がやったんだ」


(僕じゃない。皆の魔法が——僕はただ、方向を指さしただけで——)


 意識が薄れていく中で、都市の南側から歓声が聞こえた。


「止まった——! 虚淵が止まった——!」


「魔王様が止めたぞ——!」


 ヴァルゼンは、エルヴィンの腕の中で意識を手放した。


 他の誰にもできないことを、最弱の魔王はやってのけた。本人だけが、そのことに気づいていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ