長老会の審判
長老会の審判
魔族の長老会は、王都郊外に設えられた仮設の広間で行われた。
五人の長老が半円形に並んで座り、その中央にヴァルゼンが一人で立たされている。
(裁判みたいだ。いや、審査って言ってたけど、この圧は裁判のそれだ)
長老たちは皆、齢数百を超える古い魔族だった。角は大きく堂々としており、白髪の下の目は鋭い。五人の視線が一斉にヴァルゼンに注がれ、彼の心臓は悲鳴を上げた。
(五人がかりで睨まれてる。先代魔王の時もこうだったの? 先代なら睨み返して終わりだったんだろうな)
「では、審査を始めます」
中央の長老が口を開いた。白い髭が胸元まで届いており、声は枯れているが芯があった。
「魔王ヴァルゼン。まず問います。魔王として、何を成し遂げたいか」
最初の質問。
ヴァルゼンの頭が真っ白になった。
(何を成し遂げたいか? 何って——安全に暮らしたい。胃が痛くない日々を送りたい。怖い思いをしなくて済む世界がいい。——でもそれは、魔王としての回答じゃない。もっとそれっぽいことを言わなきゃ)
口が先に動いた。
「みんなが仲良くできたらいいな、と」
(何言ってんだ僕は。幼稚園の卒園式のスピーチか)
五人の長老が、一斉に眉を動かした。
沈黙が降りた。
ヴァルゼンの心臓が加速した。やらかした。確実にやらかした。魔王の資質審査で「みんな仲良く」は、さすがに——
「……種族間平和を第一義とする」
中央の長老が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「先代魔王の在位中、種族間平和が議題に上がったことは一度もなかった。先代の理念は『魔族の覇権による秩序』であった。だが貴殿は——共存を掲げるのか」
(共存って言った覚えはないんだけど。みんな仲良くって言っただけなんだけど)
「は、はい。その、できれば」
「できれば、ではなく。それが貴殿の信念か」
(信念って言われると大袈裟な気がするけど——うん、まあ。みんな仲良くしてほしいのは本当だし)
「……はい。信念、です」
長老たちが視線を交わした。何かを確認し合うような、短い沈黙があった。
「次の問いです。貴殿は、魔族の誇りとは何だと考えますか」
(誇り。魔族の誇り。えっと、力? 角の大きさ? いや、そういう話じゃないよな。何だろう。僕は魔族だけど、魔族らしいことを一つもしてこなかったから——)
「……ごめんなさい。正直に言うと、僕にはわからないです」
長老たちの表情が硬くなった。
(あ、まずい。正直に言いすぎた)
「ただ」
ヴァルゼンは慌てて続けた。
「わからないからこそ、皆さんに教えてほしいです。僕一人で決めるものじゃないと思うので」
三番目の長老——痩せた女性の長老が、目を見開いた。
「民に問うと? 王が、民に」
「だって——魔族の誇りは魔族の皆さんのものでしょう? 僕が勝手に決めていいものじゃないと思うんです」
(正論を言ったつもりだけど、これが正論なのかすらわからない。でも本心ではある)
長老たちの間に、さざ波のようなざわめきが走った。
「続けます。第三の問い。貴殿にとって、力とは何ですか」
(力。また難しい質問だ。力って——剣の力? 魔法の力? 政治の力? わかんない。僕に力なんてないのに、力について語れるわけが——)
「力、ですか」
「はい。魔王たる者の力とは何か。貴殿の考えを」
ヴァルゼンは俯いた。
考えた。自分に力があるのかと問われたら、答えはノーだ。戦闘力はゴブリン以下。魔法は暴発する。剣を持てば腰が引ける。
でも——。
「僕は、弱いです」
長老たちが息を呑んだ。
「戦う力はないです。先代みたいに強くなれない。でも——仲間がいます。僕の代わりに剣を振ってくれる人がいて、僕の代わりに考えてくれる人がいて、僕の代わりに祈ってくれる人がいる」
声が震えていた。でも、嘘は言っていなかった。
「だから——力っていうのは、一人の強さじゃなくて。信じてくれる人がいるってことなんじゃないかと——いや、すみません、うまく言えないんですけど」
長老たちが黙った。
長い沈黙だった。
中央の長老が——目を閉じた。
そしてゆっくりと、深く頷いた。
「先代を超える理念だ」
その一言が、広間に響いた。
「先代の力は絶対だった。だが、先代は孤独だった。頂点に立つ者は常に一人——それが魔族の王の宿命だと、我らは信じていた」
長老が目を開けた。そこに——驚きと、微かな希望が宿っていた。
「だが貴殿は、王が一人でなくてもよいと言う。仲間と共に在る王。——我らの歴史に、そのような魔王はいなかった」
(いなかったの? それは、その、光栄なのか不安なのか判断がつかないんだけど)
左端の長老が咳払いした。
「審査は以上です。長老会の総意として——」
五人が一斉に立ち上がった。
そして——頭を下げた。
「ヴァルゼンを現魔王として認定する」
ヴァルゼンの膝が笑った。緊張の糸が一気に切れたのだ。
(受かった——? 受かったの? テスト終了? もう帰っていい?)
広間の外で待機していたザガンの尾が、大きく揺れた。
「さすがは陛下。すべての問いに、長老たちの想定を超える回答を」
(超えてない。普通のことしか言ってない。みんな仲良くとか、わからないから教えてとか、仲間が大事とか。幼稚園の授業で出る答えだ)
だが幼稚園の答えが長老たちの心を動かしたのは——紛れもない事実だった。




