帰順した者たちが、広場を埋め尽くしていた。
帰順した者たちが、広場を埋め尽くしていた。
強硬派との決着から五日。かつてヴァルゼンを「偽魔王」と罵り、剣を向けてきた魔族たちが——今、膝を折っている。
数にして三百余。元強硬派の将兵たちは甲冑を脱ぎ、武装を解き、王都郊外の臨時収容所に集められていた。
(多い。こんなにいたの? 全員が僕を殺そうとしてたわけ? 怖すぎるんですけど)
ヴァルゼンは壇上に立たされていた。立たされていた、というのは文字通りの意味で、エルヴィンとザガンに左右から押し上げられた結果だ。
「帰順者の処遇について、陛下のご裁可を」
ザガンが横に立ち、静かに告げた。琥珀色の瞳は穏やかだが、その奥には——読めない光がある。いつものことだ。
「ご裁可って——僕が決めるの?」
「あなた以外に誰が決めるのですか」
(僕以外の誰かにしてほしいんだけど)
壇上からは、帰順者たちの顔が見えた。
俯いている者。こちらを睨んでいる者。怯えている者。表情は様々だったが、共通しているのは——皆、疲弊しているということだった。
戦いに負けた顔だ。居場所を失った顔だ。
ヴァルゼンは知っている。その顔を。鏡の中で、何百回と見てきた顔だから。
「あの」
声が震えた。壇上から三百人を見下ろすという状況が、ヴァルゼンの心臓を締め上げている。
(何か言わなきゃ。それっぽいことを。魔王っぽいことを——)
でも、出てきた言葉は。
「——全員、許します」
沈黙が広場を支配した。
帰順者たちが顔を上げた。睨んでいた者の目が見開かれ、怯えていた者の口が半開きになった。
「い、今なんと——」
「許します。全員。罰とか処分とか、そういうのは……なしで」
(だって怒れないし。怒るの怖いし。怒ったら相手も怒り返してくるかもしれないし。それが一番怖い)
ザガンの尾が、微かに揺れた。
「……陛下。一応確認ですが、条件は」
「条件?」
「帰順に際して、何らかの条件を課すのが通例です。武装解除の恒久化、忠誠の誓約、居住地の制限——」
「え、そんなにいろいろあるの? あの——全部なしで。条件なしで許すのじゃ駄目ですか」
ザガンが目を閉じた。尾の揺れが止まった。
そして——深く、頭を下げた。
「……さすがは陛下。この老臣、また一つ学ばされました」
(何を学んだの? 僕は何も教えてないけど?)
フェリクスが手帳に何かを書き込んでいた。ペンの走る音が妙に速い。
「……恩を売るのではなく、恩を与える。しかも条件をつけないことで、帰順者に心理的な負い目を最大化させる。反逆のコストを極限まで高める手法——恐ろしい」
「恐ろしくない。僕はただ——」
「ただ?」
「……怒るのが怖いだけなんですけど」
「素晴らしい。『怒らない王』を演じることで、帰順者の罪悪感を刺激し、自発的な忠誠を引き出す。計算し尽くされている」
(計算なんかしてない。してないんだってば)
エルヴィンが壇上で拳を掲げた。
「聞いたか! 魔王ヴァルゼン殿は全員を許された! 条件もなしだ! これが——この方の器だ!」
どよめきが広場を揺らした。
帰順者の中から、一人が進み出た。元強硬派の中隊長らしき魔族の男だ。戦傷が顔に残っている。
男は両膝をつき、額を地面に押しつけた。
「……感謝いたします。我々は——二度と、あなたに刃を向けません」
その声が呼び水になった。
一人、また一人と、帰順者たちが額を地面につけていく。三百の額が地を打つ音が、波のように広がった。
(やめて。そんなことしないで。僕はただ怒れなかっただけで——)
ヴァルゼンは逃げ出したかった。壇上から飛び降りて全力で走り去りたかった。
だが、フェリクスの目がある。エルヴィンの期待がある。三百人の額が地面についている。
逃げられるわけがなかった。
「あ、あの——頭を上げてください。お願いですから」
「なんと。頭を上げよ、と仰せか」
ザガンが声を張った。老臣の声が広場に響く。
「陛下は仰っている。頭を上げよ——もはやお前たちは罪人ではない。我が民だ、と」
(言ってない。民とか一言も言ってない。僕は「お願いですから」って言っただけなんだけど)
帰順者たちが顔を上げた。
その目に浮かんでいたのは——畏怖でも恐怖でもなく。
希望だった。
ヴァルゼンの胸が、きゅっと締まった。
(……ああ、もう。この人たちも居場所がなかったんだ。僕と同じで)
だから——許すことくらいしか、できることがなかった。
それを「深謀遠慮」とか「恐ろしい知略」とか呼ぶのは勘弁してほしいのだが、きっと明日にはそういう話になっているのだろう。
ヴァルゼンは諦めた顔で空を見上げた。
雲一つない、晴天だった。




