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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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祝宴の夜

 祝宴の夜


 酒が回っていた。


 王都の大広間で催された戦争回避の祝宴は、ヴァルゼンの想像を遥かに超える規模だった。人間の貴族、将軍、商人、冒険者、そして帰順した魔族の代表まで——数百人がテーブルを囲み、杯を交わしていた。


(なんでこんな大事になってるの。僕は怖い人と話しただけだよ。それがなんで国家的祝宴になるの)


 ヴァルゼンは上座に座らされていた。座らされていた。逃げようとしたがエルヴィンに捕まり、ザガンに諭され、グリゼルダに「逃走は許さぬ」と宣告されて今に至る。


「乾杯! 魔王ヴァルゼン殿の英断に!」


 エルヴィンが巨大な杯を掲げた。大広間に歓声が轟いた。


「乾杯」と形だけ杯を持ち上げたヴァルゼンの手は、案の定震えていた。


(百人以上の視線が僕に集まってる。吐きそう。いや、酒じゃなくて緊張で吐きそう)


 しかし一杯目の酒は、意外にも甘くて飲みやすかった。二杯目も、まあ大丈夫だった。三杯目あたりで、少し体が温かくなった。


 四杯目を飲み干した頃には——ヴァルゼンの頬が赤く染まっていた。


「あれ……なんか、ふわふわする……」


 ザガンが横で静かに嘆息した。


「陛下。それは酔いです」


「よい?」


「はい。陛下はお酒に弱いのです。二杯で止めるべきでした」


(二杯で止めるべきだったの? 誰も教えてくれなかったんだけど?)


 酔ったヴァルゼンは、素面しらふのヴァルゼンよりもさらに無防備だった。


「ザガーン」


「はい、陛下」


「ザガンって、いつもいるよね。僕のうしろに」


「はい。それが臣下の務めです」


「ありがとね」


 ザガンの尾が、一瞬だけ大きく揺れた。


「……もったいないお言葉です」


 テーブルの反対側では、エルヴィンが豪快に笑いながら将軍たちと酒を酌み交わしていた。グリゼルダは杯を片手に背筋を伸ばしたまま飲んでいる。フェリクスは酒には手をつけず、手帳に何かを書き込んでいた。ミラベルは隣席の貴婦人たちと談笑しつつ、ちらちらとヴァルゼンの方を確認している。


 そして——大広間の端、柱の陰に。


 ベリオスがいた。


 元強硬派の総大将は祝宴に招かれていたが、輪の中には入らなかった。壁にもたれ、腕を組み、杯すら手にせず、ただ大広間を眺めていた。


 その視線が——ヴァルゼンの上で止まった。


 酔った魔王が、テーブルに突っ伏しかけていた。


「ね、ねむい……」


「陛下、お客様がまだいらっしゃいます」


「でもねむい……ザガン、あの椅子ふかふかだった……あれで寝たい……」


 ヴァルゼンの瞼が落ちかけた。抵抗する気力はもうなかった。


 五秒後、魔王は上座で完全に寝落ちした。


 テーブルに突っ伏す格好で、すうすうと寝息を立て始めたのだ。


 大広間が一瞬静まった。


 エルヴィンが大声で笑った。


「はっはっは! 戦いを終えた戦士の眠りだ! 邪魔するなよ、お前ら!」


 将軍たちが苦笑しながら頷いた。確かに、三日間にわたる交渉を一人でやり遂げた人間——いや魔族が、祝宴の席で眠りに落ちるのは無理もないだろう。


 グリゼルダが立ち上がり、自分のマントを脱いでヴァルゼンの肩にかけた。


「戦士は、戦いの後に眠る。当然のことだ」


 ミラベルが小さく微笑んだ。


「おやすみなさい、ヴァルゼンさま」


 フェリクスは手帳に書き込んだ。「祝宴中の就寝——衆目の中で無防備な姿を晒すことで、信頼と余裕を同時に示す。高度な政治的パフォーマンスの可能性あり」


(それは違う。断じて違う。ただ酒に弱いだけだ)


 もっとも、ヴァルゼン本人は夢の中なので、この内心ツッコミは読者だけが知っている。


 柱の陰で、ベリオスは長い間ヴァルゼンの寝顔を見つめていた。


 穏やかな寝息。子供のように無防備な姿。


 先代魔王は——眠ることすら戦いだった。寝所に護衛を配し、暗殺に備え、常に片目を開けて眠ると言われていた。それが王者の眠りだと、ベリオスは信じていた。


 だが目の前の魔王は——祝宴の上座で、口を半開きにして眠っている。


「……勝者の余裕か」


 ベリオスが低く呟いた。


「戦争を止め、敵を降し、数百の前で無防備に眠る。恐れるものが何もないと言わんばかりだ」


(いや、恐れてないんじゃなくて、酒で意識が飛んだだけなんですが——とは、誰も訂正してくれなかった。)


「……格の違いを思い知らされる」


 ベリオスが目を逸らした。その横顔に、苦いものと——どこか温かいものが、同居していた。


 祝宴は深夜まで続いた。


 ヴァルゼンは最後まで起きなかった。


 翌朝、自室のベッドで目覚めた彼は、昨夜の記憶がほぼないことに気づき、ザガンに「僕、何かやらかした?」と恐る恐る訊ねることになる。


 ザガンは穏やかに笑って答えた。


「何も。ただ、大広間の全員が陛下の寝顔に見惚れていただけです」


(それが一番やらかしてるんだけど!?)


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