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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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ベリオスの目の前に立つ

 ベリオスの目の前に立つ


 ベリオスの本陣は、質素だった。


 豪華な天幕を想像していたヴァルゼンは、少し意外に思った。木製の机に地図が広げられ、使い込まれた剣が壁に立てかけてある。装飾品の類は一切ない。あるのは戦のための道具だけだった。


「座れ」


 ベリオスが顎で示した先に、粗末な木椅子が一脚だけあった。


(一脚。ということは、ベリオスさんは立ったまま……いや、そもそもこの人が座る椅子ってどれくらい頑丈じゃないと駄目なんだろう)


 ヴァルゼンが恐る恐る腰を下ろすと、椅子がぎしりと悲鳴を上げた。体重のせいではない。緊張で体が強張っているせいだった。


 ベリオスは立ったまま、腕を組んでヴァルゼンを見下ろしていた。


 視線の圧が凄まじかった。


(怖い怖い怖い。目が合ってるだけで体力が削られていく。これ、魔眼の類じゃないよな? いや、ただ睨まれてるだけだ。ただ睨まれてるだけで死にかけてる自分が情けない)


「水だ」


 ベリオスが、机の上の水差しから器に水を注いで差し出した。


「……え」


「飲め。喉が渇いているだろう」


 ヴァルゼンは差し出された水を見つめた。毒かもしれない、という考えが一瞬よぎり——すぐに消えた。毒を盛るような人間は、こんな不器用な差し出し方はしない。


「あ、ありがとうございます……」


 水を受け取り、一口飲んだ。冷たく、甘かった。緊張で乾ききった喉に染み渡った。


 ベリオスが口を開いた。


「力なき者に、魔王は名乗れぬ」


 その一言で、空気が変わった。


 水の甘さが、一瞬で消えた。


「先代魔王ヴォルガス陛下は——力そのものであった」


 ベリオスの声には、敬慕が滲んでいた。巨体にふさわしい重低音が、天幕の中を震わせた。


「あの方の拳は山を砕き、あの方の咆哮は大地を割った。魔族の頂点に立つにふさわしい、絶対の力。俺はその力に惹かれ、剣を捧げた」


 ベリオスの目が、遠くを見ていた。


「大戦で——あの方はたおれた。人間どもの策謀と、数の暴力に押し潰されて」


(……先代魔王のことを、こんなふうに語る人がいるんだ)


 ヴァルゼンは黙って聞いていた。逃げ出したい気持ちは相変わらずだったが、それ以上に——ベリオスの声に含まれる痛みが、胸に刺さっていた。


「あの方の後を継いだのが——お前か」


 ベリオスの視線が、再びヴァルゼンに据えられた。


「角は小指ほど。体格は人間の少年。魔力は——感じ取ることすら困難なほど微弱。これが魔王だと?」


(正論だ。返す言葉がない。僕もそう思ってる)


「お前は偽物だ、ヴァルゼン」


 ベリオスが断言した。


「先代の血を引いているとは聞いている。だが、血が繋がっているだけで王を名乗れるなら、この世に王の資格は無意味になる」


 ヴァルゼンの心臓が痛かった。偽物。その言葉は、ヴァルゼン自身がずっと自分に向けてきた言葉だった。


「……はい」


 口から、勝手に言葉が出た。


「僕は——偽物だと思います」


 ベリオスの目が、わずかに見開かれた。


「先代魔王みたいに強くもないし、魔族の皆さんを導く力もありません。魔王の座は——押しつけられたんです。僕が望んだわけじゃない」


(何を言ってるんだ僕は。敵の総大将の前で弱みを全部晒してどうする。交渉として最悪だ。フェリクスさんが聞いたら卒倒する)


 しかし——止められなかった。


 ベリオスの痛みを聞いて、自分の本音が溢れ出していた。


「でも——」


 ヴァルゼンは顔を上げた。ベリオスの深紅の目を、真っ直ぐ見た。怖かった。膝が震えていた。それでも、視線を逸らさなかった。


「先代魔王は……すごい人だったんだね」


 ベリオスの表情が——凍りついた。


 怒り。困惑。そして——動揺。


「……けなすことすらしないのか」


 絞り出すような声だった。


 ベリオスは、挑発を予想していたのだろう。あるいは弁明を。先代魔王を否定して自分の正当性を主張するか、先代の非をあげつらって強硬派の大義を崩すか——そのどちらかだと。


 しかしヴァルゼンは、そのどちらもしなかった。


 ただ素直に、先代魔王を褒めた。


「すごい人に仕えていたんですね、ベリオスさんは」


(ベリオスさん呼びは距離感がおかしいかもしれない。でも将軍閣下とか呼ぶのも違う気がするし。ていうか今そこ気にするところじゃない)


 ベリオスは無言だった。


 長い沈黙が、天幕の中に降りた。


 外から、兵士たちのざわめきが微かに聞こえた。武器を降ろした者と、まだ握っている者の間で、低い言い争いが続いているようだった。


「……俺の問いに答えていない」


 ベリオスが、ようやく口を開いた。


「力なき者が、なぜ魔王を名乗る」


「名乗ってないです」


「何?」


「名乗ってないんです。みんなが勝手にそう呼ぶだけで——僕は一度も、自分から魔王だって名乗ったことは……」


 ベリオスの眉が、ぴくりと動いた。


 天幕の入口付近で様子を窺っていた強硬派の幹部たちが、ざわついた。


「あの魔王——自ら名乗ったことがないだと?」


「つまり、周囲が認めているから魔王なのか……?」


「力ではなく——人望で王座についている、ということか……?」


 ひそひそ声が広がっていく。


(違う。人望じゃなくて誤解だ。壮大な誤解の連鎖だ。訂正したいけど、今それをやったらたぶん殺される)


 ベリオスが、重い溜息をついた。


「——今日のところは、ここまでだ」


「え?」


「お前の話は聞いた。だが、まだ答えは出ん。……明朝、改めて話す」


 ベリオスが背を向けた。


 その肩が——ほんのわずかに、揺れていた。


 ヴァルゼンには、それが何を意味するのかわからなかった。


(生き延びた……? 生き延びたのか? でも明日もう一回来いってことは、まだ終わってないってことだよな。明日こそ殺されるかもしれない。いや、今日殺されなかっただけ奇跡だ)


 天幕を出ると、夜空が広がっていた。


 星が驚くほど多かった。戦場の空は、いつもこんなに綺麗なのだろうか。


 ——遠くの茂みで、変装したグリゼルダが涙を拭いていたことを、ヴァルゼンは知らない。


「武を超越した境地……あの方は、言葉だけで猛将の心を揺らした……」


 鎧の下で嗚咽を堪える女騎士の姿を、夜闇が優しく隠していた。


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