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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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人間は言う、「殲滅しろ」と

 人間は言う、「殲滅しろ」と


 軍議の間は、殺気に満ちていた。


 正確に言えば、殺気ではなく焦りだった。だが、ヴァルゼンにとっては同じことだった。怖い。怖すぎる。長テーブルの末席に座りながら、彼は胃のあたりをそっと押さえた。


(胃が痛い。昨日も痛かったし一昨日も痛かった。ベリオスが挙兵してから、僕の胃は一日も休んでいない)


「——戦力は推定三万。前衛に重装歩兵を配し、後方に魔術兵団を控えさせた布陣。練度は高い。先代魔王の直轄軍をそのまま引き継いでいると見るべきでしょう」


 フェリクスが地図の上に駒を並べながら、淡々と報告した。


 人類連合の将軍たちが険しい顔で頷く。彼らはヴァルゼンの同盟者であり、かつて敵だった者たちだ。複雑な関係ではあるが、「ベリオスの軍勢が国境に迫っている」という事実が、その複雑さを一時的に棚上げにしていた。


「三万か。手強いな」


 将軍の一人——銀髪の老将ヘルムートが顎髭をしごいた。


「しかし、我々にはヴァルゼン殿がいる。先代魔王の残党など、最凶の魔王の前には——」


(最凶じゃない。最弱だ。三万の軍勢を前にしたら、僕にできることは全力で逃げることだけだ)


「ヴァルゼン殿」


 別の将軍が立ち上がった。壮年の武人で、顔に深い刀傷がある。名はギュンターといい、東方防衛軍の総司令官だった。


「単刀直入に申し上げます」


 ギュンターの目が、真っ直ぐにヴァルゼンを射抜いた。


「殲滅してください」


「えっ」


 ヴァルゼンの口から、間の抜けた声が漏れた。


「強硬派の三万を、殲滅していただきたい。あなたの力をもってすれば、不可能ではないはずだ。魔王同士の戦い——いや、かつての配下を粛清するのは心情的に辛いかもしれませんが、これは人類全体の安全に関わる問題です」


(殲滅。三万人を。僕が。どうやって。何をどうすれば三万人を殲滅できるんだ。スライム三匹にすら勝てない人間——魔族が)


 ヴァルゼンは絶句した。


 完全に、言葉を失った。


 口を開こうとした。何か言わなければと思った。「無理です」と。「僕にそんな力はありません」と。いつもの台詞を、いつものように。


 しかし——声が出なかった。


 三万人の命を「殲滅しろ」と、当たり前のように言われた衝撃が、喉を塞いでいた。


 ギュンター将軍が、ヴァルゼンの沈黙を見つめた。


 数秒の間。長い、長い数秒。


 そしてギュンターは——顔色を変えた。


「……失礼しました」


 将軍が、深く頭を下げた。


「浅慮でした。三万とはいえ、あなたにとっては元の配下。殲滅などという言葉を——軽々しく口にすべきではなかった」


(え? いや、そういうことじゃなくて。僕はただ驚いて声が出なかっただけで)


「ヴァルゼン殿の沈黙が、全てを物語っています」


 ヘルムートが重々しく頷いた。


「殲滅という選択肢を提示された瞬間、あの方は言葉を失われた。——命を軽んじる提案に対する、無言の否定だ」


(違う。パニックだっただけだ)


 しかし将軍たちの間に、奇妙な空気が広がった。


 恥じ入る空気だった。


 歴戦の将軍たちが、「殲滅」という言葉を口にした自分たちを振り返り、居心地悪そうに視線を逸らしている。


 ザガンが隣で、そっと囁いた。


「さすがは陛下。沈黙で軍議の空気を変えるとは。言葉を発さずして発言する——まさに王の手法です」


(発言してない。何も発言してない。声が出なかっただけだ)


「ですが陛下。将軍たちの焦りは本物です。全面戦争まで残り二日。何らかの方針を示す必要があります」


(方針。僕が。何を示せばいいんだ)


 ヴァルゼンは胃を押さえた。


 全面戦争まで、あと二日。


 三万の軍勢が国境に迫っている。人類連合は殲滅を望んでいる。僕には一兵たりとも殲滅する力がない。


 詰んでいた。


 完全に詰んでいた。


「……あの」


 ヴァルゼンは小さな声で言った。


「少し、時間をください。考えたいことが……あるので」


 将軍たちが居住まいを正した。


 ヘルムートが深く頷いた。


「もちろんです。ヴァルゼン殿がお考えになる時間は、我々にとって最も価値のある投資だ」


(投資って。僕がこれから考えるのは『どうすれば生き延びられるか』だけなんだけど)


 軍議が散会した。


 廊下に出た瞬間、ヴァルゼンの膝が崩れかけた。


 グリゼルダが無言で支えた。


「ありがとうございます、グリゼルダさん……」


「礼には及びません。——軍議での御姿、見事でした。百戦錬磨の将軍たちを、沈黙だけで教導するとは」


(教導してない。固まってただけだ)


 エルヴィンが拳を握った。


「殲滅なんて、させないぞ。ヴァルゼン殿がそんな道を選ぶわけがない。——俺たちは、もっと良い方法を見つける」


(見つかるのかな。本当に)


 ヴァルゼンは窓の外を見た。


 国境の方角に、うっすらと煙が見えた気がした。


 胃が、また痛んだ。


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