表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/159

ベリオスの剣、国境に立つ

 ベリオスの剣、国境に立つ


 偵察部隊からの報告は、時間を追うごとに深刻さを増していた。


 ザガンが地図の上に石を並べていく。赤い石がベリオスの軍勢、青い石が人類連合の防衛線。赤が圧倒的に多かった。


「陛下。前線で小競り合いが発生しました」


「小競り合い?」


「ベリオス軍の偵察部隊と、我が方の哨戒部隊が接触。短い戦闘の後、双方が撤退。死者はなし。ただし——」


「ただし?」


「ベリオス軍の偵察部隊は、明らかに挑発目的で前進していました。本隊を動かす前に、こちらの反応を見ている」


 ヴァルゼンは地図を見つめた。赤い石と青い石の間の距離が、日に日に縮まっている。


(あと三日。三日で全面戦争。三日で——何ができるんだ)


 胃が痛い。昨日から痛みっぱなしだ。


 フェリクスが新たな報告書を持ってきた。


「ベリオスの布陣が確認できました。前線に『鉄壁陣形』——先代魔王時代の防御陣形を展開しています。この陣形は、攻撃よりも守りに秀でる。つまりベリオスは、こちらから攻めてくるのを待っている」


「待ってる……」


「はい。先に手を出した方が不利になる。魔王殿が軍議で仰った通りです」


(僕は何も仰ってない。「ちょっと」しか言ってない)


 グリゼルダが窓際で腕を組んでいた。


「ベリオスは武人だ。自分から仕掛けるより、迎え撃つ方を好む。鉄壁の異名は伊達ではない」


「詳しいんですね、グリゼルダさん」


「大戦で直接対峙したことがある。——私の師匠が、ベリオスとの一騎打ちで命を落とした」


 ヴァルゼンは息を呑んだ。


「す、すみません。辛いことを——」


「いいえ。師匠は本望だったと思います。あれほどの武人と刃を交えられたのだから。——だからこそ、ベリオスの強さは身に染みている。正面から挑むのは愚策です」


(正面からは挑めない。横からも後ろからも挑めない。僕には挑む力がそもそもない)


 エルヴィンが拳を握った。


「三日あれば十分だ。ヴァルゼンなら——何か思いつく」


(思いつかない。何も。でも——エルヴィンの目が眩しすぎて、「無理」とは言えない)


 午後、ザガンが追加の報告を持ってきた。


「陛下。小競り合いがエスカレートしています。双方の哨戒部隊が三度接触し、今度は負傷者が出ました」


「負傷者……」


「こちら側二名、向こう側三名。命に別状はありませんが——このペースでは、偶発的な全面衝突も時間の問題です」


 ヴァルゼンの表情が曇った。


 戦況報告を聞くたびに、胃の痛みが増す。昨日より今日の方が痛い。明日はもっと痛くなるだろう。


(戦争が近づいている。数字として。負傷者の数として。現実が、僕に迫ってくる)


 エルヴィンがそれを見て——いつもの明るさを、あえて取り戻した。


「ヴァルゼン。暗い顔をするな。まだ三日ある。三日あれば——お前なら、何か思いつく」


「何も思いつかないんですけど……」


「思いつかないなら、思いつくまで考えればいい。俺はお前の考える時間を守る。それが俺の仕事だ」


(エルヴィンは、いつもこうだ。根拠のない信頼を向けてくる。それが——嬉しくて、同時に重い)


 夕方。


 ヴァルゼンは宿の屋上に一人で上がった。王都の東側が見渡せる場所だった。


 夕日に照らされた東の空は赤かった。


 その赤が、戦場の炎に見えた。


(ベリオスという人は、怖い人なんだろう。強い人なんだろう。でも——ザガンが言っていた。「誰よりも魔族の未来を案じている人」だと)


 ヴァルゼンは手すりに肘をついた。


(僕は偽物の魔王だ。ベリオスが怒るのは正しい。僕に魔王の資格なんてない。でも——)


 でも。


(僕が何もしなかったら、人が死ぬ。人間も。魔族も)


 胃の痛みが、一瞬だけ消えた。


 代わりに——胸の奥で、何かが動いた。恐怖とは違う、もっと深い場所にある何か。


(できることは——何だ)


 まだ答えは見えない。


 だが、考えることをやめてはいけない。それだけは、わかった。


 屋上の扉が開いた。


「陛下」


 ザガンだった。手に湯気の立つカップを持っている。


「胃薬を溶かしたお湯です」


「……ありがとう、ザガン」


 受け取って一口飲んだ。苦かった。


「陛下。ベリオス将軍は——恐ろしい敵です。しかし、話の通じない相手ではありません」


「話が——通じる?」


「信念のある男です。信念があるということは——その信念に触れることができれば、対話の余地がある」


 ヴァルゼンはザガンの顔を見た。


 元魔王軍参謀の目には、かつての同僚への——複雑な感情が浮かんでいた。


「ザガン。ベリオスのことを、もっと教えてほしい」


「……承知しました」


 ザガンが語り始めた。


「ベリオス将軍は、元は辺境の魔族の村の出身です。幼い頃に人間の討伐隊に村を焼かれ、先代魔王に拾われた。先代に命を救われ、剣を教えられ——先代のために生きることが、あの男の全てでした」


「先代魔王のために……」


「先代が倒れた後、ベリオスは大戦の終結を受け入れませんでした。先代の遺志は人類との共存ではなく、魔族の覇権にあると——そう信じている」


(それは——悲しい話だ。怒っているんじゃなくて。悲しんでいるんだ。大切な人を失った悲しみが、怒りに変わっている)


「ザガン。ベリオスは——話の通じる人?」


「信念のある男です。信念があるということは、その信念に触れることができれば——対話の余地がある。ただし」


「ただし?」


「力のない者の言葉を、あの男は聞きません。力こそが言葉——それが、ベリオスの世界観です」


(力のない者の言葉。つまり——僕の言葉は聞いてもらえない。僕は最弱だから)


 胃薬を飲み干した。苦かった。


 夕日が沈んでいく。


 東の空が、暗くなっていく。


 あの闇の向こうに——三万の兵と、一人の将軍が待っている。


 全面戦争まで、あと三日。


 ヴァルゼンの手の中で、空になったカップが、夜風に冷えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ