表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

132/156

王城の大広間は、怒号で満ちていた。

 王城の大広間は、怒号で満ちていた。


 人類連合の緊急軍議。長テーブルを囲むのは、各国の将軍と参謀官、そして国王直属の近衛騎士団長。壁際には記録官と伝令兵が控えている。


 ヴァルゼンは末席に座っていた。正確に言えば、末席に座りたかったのだが、エルヴィンに腕を掴まれて上座に引きずられた。


(なんで僕が上座にいるんだ。ここは将軍たちの席だろう。場違いにも程がある)


「諸君、事態は深刻だ」


 筆頭将軍のガルヴァスが立ち上がった。五十代の歴戦の猛者で、顔の半分を横切る古傷が威圧感を増している。


「旧魔王軍の残党が東部辺境に三万の兵を集結させた。率いるは『鉄壁』のベリオス。偵察部隊の報告によれば、兵の錬度は高い。大戦時の精鋭がそのまま残っている」


 どよめきが広がった。


「三万だと……大戦時に我々が総力戦で相手にした規模だぞ」


「しかもベリオスは、大戦末期に我が第七方面軍を壊滅させた男だ。正面戦闘では——」


「魔王軍の再来だ。これは紛れもなく、魔王軍の再来だ!」


 軍議が紛糾し始めた。将軍たちが口々に意見を述べ、その声量は上がる一方だった。


 ヴァルゼンは椅子の上で小さくなっていた。


(怖い。将軍たちの声が怖い。威圧感がすごい。なんで僕ここにいるの)


「ここで一つ、確認すべきことがある」


 ガルヴァスが視線をヴァルゼンに向けた。軍議の参加者全員が、同時にこちらを見た。


 数十対の目が突き刺さった。


(う。胃が。胃が痛い)


「ヴァルゼン殿。貴殿は旧魔王軍の——名目上とはいえ——頂点に立つお方だ。ベリオスの挙兵について、何かご存知のことは?」


「え、えっと——」


 口を開いた瞬間、鼻の奥がむずむずした。


 朝から続く緊張で、身体が限界を迎えていた。花粉か、埃か、あるいは純粋なストレスか——


「——くしゅっ」


 くしゃみが出た。


 大広間に、小さなくしゃみの音が響いた。


 一瞬の沈黙。


 フェリクスが腕を組んだ。


「——威嚇だ」


「は?」


「将軍方、今のをお聞きになりましたか。魔王殿は、言葉ではなく気配で意思を示された。あれは強硬派に向けた宣戦布告の——比喩的表現です」


(くしゃみだよ! ただのくしゃみ! 比喩的表現ってなんだ!)


 将軍たちの間に、奇妙な緊張が走った。


「……なるほど。言葉にせずとも、覚悟を示すか」


 ガルヴァスが顎を撫でた。


「さすがは魔王を名乗るお方だ。腹の据わり方が違う」


(据わってない。胃が据わってない。今にも吐きそうだ)


 エルヴィンが立ち上がった。椅子が大げさに鳴った。


「諸将、聞いてくれ。ヴァルゼンがこの場にいるということは——こいつは逃げていないということだ。旧配下の反乱に対して、真正面から向き合おうとしている。その覚悟を、まず認めてほしい」


(逃げたい。本当は逃げたい。逃げられないから座ってるだけだ)


 しかしエルヴィンの言葉は、軍議の空気を変えた。将軍たちの中に、ヴァルゼンに対する警戒と同時に——微かな敬意のようなものが生まれていた。


 軍議は対策の具体論に移った。


「まずは主力を東部辺境に展開し、防衛線を構築する。ベリオスの進軍を食い止めつつ、側面から騎兵隊で——」


「いや、攻撃は得策ではない。ベリオスの戦術は『鉄壁』の異名の通り、守りに回ると手がつけられん。こちらから攻めれば、相手の土俵に嵌まる」


「では包囲か。しかし三万を包囲するには——」


 意見が対立し、怒号が飛び交った。


 ヴァルゼンは必死で議論についていこうとしたが、軍事用語の嵐に頭がくらくらしていた。


(外翼展開……鶴翼の陣……兵站路の遮断……全部わからない。僕は戦略なんて一つも学んだことがない)


 ガルヴァスが再びヴァルゼンに目を向けた。


「ヴァルゼン殿。——貴殿のお考えを伺いたい」


 全員の視線が集中した。


(え。僕に聞くの? 僕は何もわからないんですが?)


 沈黙が痛かった。何か言わなければ。何でもいいから。


「あの……その……戦争は、ちょっと……」


 それが、絞り出した言葉のすべてだった。


 再びの沈黙。


 フェリクスのモノクルが光った。


「——なるほど」


(なるほどじゃない。何がなるほどなんだ)


「将軍方。魔王殿は、『ちょっと』と仰った。これは——『まだ動くべきではない』という戦略的忍耐の表明です」


「戦略的忍耐?」


「ベリオスの狙いは、我々を挑発して先制攻撃させることにある。先に動いた方が不利になる局面です。魔王殿はそれを見抜いて——『ちょっと待て』と仰っている」


(「ちょっと」は「ちょっとやめてほしい」の「ちょっと」だ。戦略的忍耐じゃない。ただ戦争が嫌なだけだ)


 しかし、軍議の空気が変わった。


「……確かに。挑発に乗って先制攻撃すれば、国際的にも我々が侵略者の立場に回る」


「ベリオスの挙兵は『魔族の復興』を掲げている。我々が先に攻めれば、中立的な立場の魔族まで敵に回しかねん」


「つまり——待つのが正解か」


 ガルヴァスが深く頷いた。


「ヴァルゼン殿の慧眼に感服する。性急に動くことの危険を、一言で見抜かれた」


(見抜いてない。一言しか出てこなかっただけだ)


 エルヴィンが満面の笑みで、ヴァルゼンの肩を叩いた。衝撃で椅子ごと揺れた。


「さすがだ、ヴァルゼン! 将軍たちが三十分かけて辿り着けなかった結論を、お前は一言で示した!」


(示してない。本当に示してない)


 軍議は「当面は防衛に徹し、情報収集を優先する」という方針でまとまった。


 ヴァルゼンの「ちょっと」が、人類連合の軍事方針を決定したのだった。


 広間を出た後、ヴァルゼンは廊下の柱に寄りかかった。


 膝が笑っていた。冷や汗が背中を伝っている。


(……生きてる。軍議を生き延びた。でも——戦争そのものは、まだ止まっていない)


 ザガンが横に立った。


「陛下。お見事でした」


「何も見事なことはしてないんですけど……」


「ご謙遜を。あの場で『待て』と言えることの重さを、ご自身が最もよくご存知のはずです」


(知らない。本当に知らない)


 窓の外には、東の空が見えた。


 あの空の向こうに、三万の兵が待っている。


 ヴァルゼンの胃が、きりきりと痛んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ