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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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その報せは、朝食の席に届いた。

 その報せは、朝食の席に届いた。


 いつもと変わらない朝だった。宿の食堂で、ヴァルゼンはパンを齧りながらぼんやりと窓の外を眺めていた。春の陽射しが差し込む穏やかな朝。エルヴィンが豪快に肉を頬張り、グリゼルダが黙々とスープを啜り、フェリクスが朝から手帳に何事かを書き込んでいる。ミラベルが紅茶を淹れてくれて、ザガンが三歩後ろの定位置に控えている。


 平和だった。ここ数日は比較的平和だった。


 だからこそ、嫌な予感がしていた。


(平和な朝は、大体なにかの前触れなんだよな……経験上)


 食堂の扉が勢いよく開いた。


 王都の伝令兵が、息を切らして駆け込んできた。甲冑の胸当てに汗が滲んでいる。走ってきたのだ。朝一番で、全力で。


「緊急報告! 辺境のケルドラス要塞より、早馬にて——」


 伝令兵は巻物を差し出した。封蝋が割れていた。途中で誰かが確認したのだろう。それほど急を要する内容だということだ。


 エルヴィンが受け取り、読み上げた。


「——魔族の大軍が、東部辺境に結集。その数、推定三万。率いるは旧魔王軍総大将ベリオス。宣言文を以下に記す」


 エルヴィンの声が、一段低くなった。


「『偽りの魔王ヴァルゼンは、人間どもに尾を振り、魔族の誇りを踏みにじった裏切り者である。我はベリオス。先代魔王陛下の遺志を継ぐ者なり。今こそ旗を掲げよ。真の魔王軍を復興し、偽魔王を討ち、魔族の未来を我らの手に取り戻さん』」


 食堂が静まり返った。


 ヴァルゼンの顔から、血の気が引いた。


(三万。三万って言った? 軍。大軍。僕を討つ。討つって何。殺すってこと? 死ぬ。これは死ぬ)


 パンが手から滑り落ちた。テーブルの上で転がって、止まった。


 グリゼルダが椅子を蹴って立ち上がった。


「ベリオス——先代魔王の四天王の一角、『鉄壁』のベリオスか」


「知ってるのか、グリゼルダ」


 エルヴィンが問うと、グリゼルダは硬い表情で頷いた。


「大戦末期、最も攻略が困難だった魔族将帥だ。終戦後に姿を消したと聞いていたが——生きていたか」


 フェリクスがモノクルを指先で押し上げた。


「ベリオス。旧魔王軍における最大戦力の一角であり、武力至上主義の象徴。三万の兵を率いているとなれば——これは小規模な反乱ではない。組織的な挙兵です」


「本格的な戦争の宣言だ」


 ザガンが静かに言った。


「ベリオス将軍は、先代魔王陛下の右腕でした。武勇においては魔族随一。そして——何よりも忠義に厚い男です」


 ヴァルゼンはザガンの言葉を聞きながら、自分の手が震えているのに気づいた。隠そうとしたが、隠せなかった。


(忠義に厚い。先代魔王への忠義。つまり僕のことは——偽物だと思ってる。正しい。正しいんだよ。僕は本当に魔王の器じゃないんだから)


 エルヴィンが宣言文を読み終え、巻物をテーブルに置いた。


「ヴァルゼン」


 真っ直ぐな碧い目が、ヴァルゼンを射抜いた。


「お前の家臣が、反逆を起こした」


「い、家臣って……僕は別に——」


「だが心配するな。俺がいる。俺たちがいる。三万だろうが三十万だろうが、お前の敵は俺の敵だ」


(いや、心配しかない。三十万はさすがに無理だと思う。三万でも相当無理だと思う)


 しかし——エルヴィンのその言葉が、ほんの少しだけ胸の奥を温めた。


 ミラベルが不安げにヴァルゼンの顔を覗き込んだ。


「ヴァルゼン様……お顔が真っ青です」


「あ、いや、これはその——」


「事態の深刻さを、即座に見抜いておられるのだ」


 フェリクスが断言した。


「僕たちが報告を聞いてなお状況を整理している段階で、魔王殿はすでに全体像を把握し、その重大さに蒼白になっている。——さすがと言うほかない」


(違う。怖いから蒼白になってるだけだ。全体像なんて把握してない。ただ「死ぬ」という二文字が頭の中をぐるぐる回ってるだけだ)


 ザガンが一歩前に出た。


「陛下。ベリオス将軍の挙兵は、予兆はありました。強硬派の残存勢力が水面下で結集していることは、以前から報告しておりました」


「あ、あの、確かに聞いてはいましたけど、まさか本当に——」


「ええ。まさか本当に、でございます。しかし——陛下が動じておられないのは、予測の範囲内だったからでしょう」


(動じてる。めちゃくちゃ動じてる。声が裏返りそうなのを必死で堪えてるだけだ)


 グリゼルダが剣の柄に手を置いた。


「ベリオスは戦を望んでいる。その宣言文は、交渉の余地を残す類のものではない」


「全面戦争か」


 エルヴィンが呟いた。その声に、微かなたかぶりが混じっていた。


「——面白い」


(面白くない。全然面白くない)


 ヴァルゼンは、テーブルの上に転がったパンを見つめた。


 東部辺境に三万の魔族軍。率いるは先代魔王の右腕。目的は——偽魔王の討伐。


 つまり、自分の首だ。


(逃げたい。今すぐ逃げたい。どこか遠くの村でひっそりと暮らしたい。パン屋さんとかやりたい)


 だけど——逃げられないことも、わかっていた。


 ベリオスが掲げているのは「魔族の復興」だ。人類連合がそれを黙って見過ごすわけがない。戦争になる。多くの人間と魔族が死ぬ。


 ヴァルゼンの拳が、膝の上で握りしめられた。


(僕のせいだ。僕が「魔王」なんて名乗っているから——いや、名乗りたくて名乗ってるわけじゃないけど——こんなことになっている)


「ヴァルゼン様」


 ミラベルの穏やかな声が、思考を引き戻した。


「どうか、お一人で背負わないでください」


 ヴァルゼンは顔を上げた。


 五人の仲間が、それぞれの表情で、こちらを見ていた。


 エルヴィンの真っ直ぐな目。グリゼルダの鋭くも信頼に満ちた眼差し。フェリクスの冷静な分析の視線。ミラベルの温かい心配。ザガンの揺るがぬ忠誠。


(……ありがたい。本当に。でも、この人たちに向かって「怖いから逃げたい」とは、死んでも言えない)


「——わかりました」


 声が震えた。震えたが、言った。


「皆さん。まずは状況を整理しましょう。ベリオスの狙いと、人類連合がどう動くか。それを把握しないと、何も始まらない」


 フェリクスが目を細めた。


「さすが魔王殿。感情に流されず、まず情報収集。——やはりあなたは、この局面を読み切っている」


(読み切ってない。パニックの中で唯一思いついたことを言っただけだ)


 だが、その一言でパーティが動き始めた。


 全面戦争の足音が、確実に近づいていた。


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