みんなで一緒に行けばいいんじゃないですか
みんなで一緒に行けばいいんじゃないですか
修羅場だった。
宿の広間に、三つの勢力が集結していた。
右手に宰相ルドヴィーク。左手に将軍ガルヴァス。正面に聖魔教崇拝派代表テオバルド。三者が三様に腕を組み、互いを睨んでいる。
ヴァルゼンは、三者の真ん中に立っていた。
(昨日の僕を殴りたい。全員に「わかりました」と言った昨日の僕を、グリゼルダさんの剣で殴りたい)
事態はこうだ。
昨日、三方面に「わかりました」と答えたヴァルゼン。パーティの巡回作戦が始まる前に——三者が申し合わせたかのように、同じ時刻に宿を訪れた。
鉢合わせした瞬間の空気は、凍るどころか沸騰していた。
「ヴァルゼン殿は我々の晩餐に出席されるとお約束いただいた」
ルドヴィークが冷静に、しかし針のような声で言った。
「いや、魔王殿は演習の視察を承諾されたはずだ」
ガルヴァスが低い声で返した。
「聖なる大祭に御臨席いただけると——直接お約束いただきました」
テオバルドが信仰者の目で主張した。
三対の目が、同時にヴァルゼンに向けられた。
(死ぬ。これは社会的に死ぬ。三方面から同時に責められたら、どう言い訳しても一つしか選べない。選んだ瞬間、残り二つが敵に回る)
冷や汗が背中を伝った。
エルヴィンが後方で腕を組み、グリゼルダが剣の柄に手をかけ、フェリクスが興味深そうに手帳を構えている。ミラベルは心配そうに手を組んでいた。
ザガンが耳元で囁いた。
「陛下。この三者の対立は、解消ではなく管理が正解です。どの勢力も切り捨てず——」
(ザガンのアドバイスは正しいんだろうけど、理解する余裕がない。頭が真っ白だ。何か言わなきゃ。何か——)
「あの」
三者が同時に身を乗り出した。
「——みんなで一緒に行けば、いいんじゃないですか」
沈黙が落ちた。
完全な沈黙だった。
ルドヴィークの目が細まった。ガルヴァスの眉が上がった。テオバルドの口が半開きになった。
「……一緒に?」
「はい。晩餐会に将軍殿もテオバルド殿もお招きして、演習は皆さんで視察して、大祭は全員で参列すれば——誰も行けないってことにはならないんじゃないかなって」
もう一度、沈黙。
フェリクスのペンが手帳の上を走った。
「……見事だ」
(見事じゃない。思いつきだ。苦し紛れの思いつきだ)
ルドヴィークが最初に動いた。
「なるほど。三者合同の催しにすれば、どの勢力も面目が立つ。——外交的にも、これは前例のない形式ですが」
ガルヴァスが顎に手を当てた。
「軍部の演習に政治家と宗教者が同席するのは異例だが——魔王殿の提案とあらば、拒否する理由はない」
テオバルドが両手を合わせた。
「全勢力が集う大祭……それはもはや、聖魔教の枠を超えた国家的な祝祭です。素晴らしい!」
(素晴らしくない。僕はただ「全員一緒なら怒る人がいない」と思っただけだ)
三者が互いに顔を見合わせた。
宰相と将軍と司祭。普段なら同じ席に着くことすらない三者が——ヴァルゼンの一言で、同じテーブルにつこうとしている。
「では——合同会議としましょう」
ルドヴィークが仕切り始めた。老練な政治家の本領発揮だ。あっという間に日程と場所と形式が固まっていく。
「明日の午前に演習視察。午後に合同晩餐。夕刻に大祭への参列。全行程にヴァルゼン殿が臨席する」
「異存なし」
「賛成です」
「神もお喜びになるでしょう」
三者が同時に頷いた。
修羅場が——一言で収束した。
ヴァルゼンは、自分の発言がもたらした結果を見て、めまいがした。
(何が起きたんだ。「みんなで一緒に」って言っただけで、三大勢力の合同会議が決まった。おかしい。絶対におかしい)
三者が退出していった。それぞれの部下に連絡を取るために。
宿の広間に、パーティだけが残った。
フェリクスが手帳を閉じ、モノクルを押し上げた。
「歴史的な瞬間を目撃しました。三大勢力を一言で合流させるなど——もはや外交の域を超えている。これは統治です」
(統治じゃない。パニックで口から出ただけだ)
エルヴィンが爆笑した。
「はっはっは! さすがだ、ヴァルゼン! 三つの勢力が喧嘩してるのを見て、『じゃあ全員友達になればいい』って言い放つとは! お前は本当に天才だな!」
(天才じゃない。子供の発想だ。幼稚園レベルの解決策だ。「みんなで仲良く」って、それ以外に何か言えなかっただけだ)
グリゼルダが深く頷いた。
「争いを止めるのではなく、争いの構図そのものを消す。——力を超えた手法だ。私には思いつかない」
ミラベルが涙ぐんでいた。またか。
「誰も排除せず、全員を受け入れる。それがヴァルゼン様の——」
ぐぅ。
音が鳴った。
ヴァルゼンの腹から。
広間に、間の抜けた音が響いた。
「……すみません。朝食がまだで」
グリゼルダの目が光った。
「——会議の緊張を解くために、意図的に隙を見せた」
「え?」
「武人の極意だ。張り詰めた空気を、自らの隙で和らげる。これができる者は少ない。ヴァルゼン殿、お見事です」
(お腹が鳴っただけです。本当にお腹が空いてるだけです)
エルヴィンが食堂に向かって叫んだ。
「おーい! ヴァルゼンに朝食を! 英雄の腹が鳴ってるぞ!」
(英雄じゃない。空腹の魔王だ)
朝食のパンを齧りながら、ヴァルゼンは思った。
(三大勢力の合同会議。僕が作った。僕の一言が。——もう本当に、どうしようもない)
バターが美味しかった。
美味しいのに、胃が痛かった。
明日は三大勢力が同じ空間に集う。何が起きるかは——神のみぞ知る、だった。




