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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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結論から言うと、ヴァルゼンは全員に「わかりました」と言った。

 結論から言うと、ヴァルゼンは全員に「わかりました」と言った。


 経緯はこうだ。


 枕に顔を埋めて二時間。答えが出ないまま昼になった。昼食を食べに部屋を出たところで、宰相府の使者と鉢合わせした。


「魔王殿。明日のご出席について——」


「あ、は、はい。わかりました」


 反射だった。目上の人に声をかけられたら「はい」と答える。魔王軍時代に叩き込まれた処世術が、脊髄反射で発動した。


 使者は満面の笑みで去っていった。


(あ。今、わかりましたって言った。宰相の晩餐に出席すると言った。言ってしまった。取り消せるか? 無理だ。もう使者は角を曲がった。追いかけて「やっぱりなし」とか言えるか? 言えない。魔王が二枚舌だと思われる。いや、二枚舌の前に「わかりました」を取り消す魔王ってどうなんだ。情けなさすぎる)


 気を取り直して食堂に向かう途中、今度は軍部の伝令兵が来た。


「魔王殿! 将軍より、明日の演習視察について確認を——」


「は、はい。わかりました」


 また言った。


(また言った! なぜ! なぜ僕は反射的に「わかりました」と言うんだ! 宰相の晩餐にも行くと言ったばかりだろう! 同じ時間に二つの場所にいられるか! いられない! 分身の術を使える魔王なら話は別だが、僕はゴブリンにも勝てない魔王だ! 分身なんてできるわけがない!)


 伝令兵は敬礼して去っていった。


 ヴァルゼンは廊下の柱に額をつけた。


(落ち着け。まだ取り返しがつく。宗教界だけは断ればいい。二つ引き受けたのは大失態だが、三つよりはましだ。二つのうちどちらかに事情を説明して——)


「ヴァルゼン様!」


 聞き覚えのある声が廊下に響いた。振り返ると、聖魔教崇拝派の司祭が駆け寄ってきた。目が輝いている。信仰の光だ。正直、見ていると怖い。


「明日の大祭、ぜひ御臨席いただきたく——」


「わ、わかりました」


 三度目だった。


(死んだ。僕は今、社会的に死んだ。明日の同じ時間に三ヶ所に行くと約束してしまった。物理法則に喧嘩を売った。勝てるわけがない。物理法則は魔王より強い)


 食堂で昼食をとりながら、ヴァルゼンは青ざめた顔でスープをすすっていた。味がしない。いや、スープには味がついているはずだ。味がしないのは、僕の味覚が恐怖で麻痺しているからだ。


「どうした、ヴァルゼン。顔色が悪いぞ」


 エルヴィンが心配そうに覗き込んだ。


「い、いや、なんでもない……」


(なんでもなくない。明日、僕は三つの勢力を同時に裏切ることになる。いや、裏切りじゃなくて、約束を守れないだけだ。でも結果は同じだ。三方面から怒りを買う。人生終了だ)


 フェリクスがスープを飲みながら、さりげなく尋ねた。


「魔王殿。三通の招待状について、ご決断は」


「あ、あの、その……」


「ん?」


「……三つとも、行くって言っちゃいました」


 食堂に沈黙が落ちた。


 エルヴィンのスプーンが止まった。グリゼルダの目が見開かれた。ミラベルが小さく息を呑んだ。ザガンの表情は変わらなかったが、紅茶を持つ手がわずかに震えた。


 フェリクスが最初に反応した。


 モノクルを押し上げ、深く、深く頷いた。


「……なるほど。そう来ましたか」


(来てない。反射で言っただけだ)


「三者全てに承諾する。つまり、三者の反応を直接見たうえで、当日の状況で最適な判断を下す——という高等戦術ですね」


(違う。パニックで全員にイエスと言っただけだ)


「さすがだな、ヴァルゼン! 三方面全てに顔を出すという発想はなかった!」


 エルヴィンが感嘆した。


(発想じゃない。失敗だ)


「しかし」


 グリゼルダが腕を組んだ。


「物理的に三ヶ所を同時には——」


「そこですよ、グリゼルダ殿」


 フェリクスが人差し指を立てた。


「魔王殿は『行く』と言っただけで、『最後までいる』とは言っていない。三ヶ所を巡回し、それぞれに顔を出す。滞在時間の配分で三者の優先度を暗に示す——それが魔王殿の狙いでしょう」


(そんな狙いはない。断言する。一ミリもない)


「素晴らしい分析です、フェリクス殿」


 ザガンが静かに頷いた。


「陛下は常に、我々の予想の上を行かれる」


(下だ。予想の下だ。ひたすら下だ)


 ミラベルがヴァルゼンの手をそっと握った。


「ヴァルゼン様。どの勢力も大切に思っておられるからこそ、全てに応えようとされたのですね。その優しさに、胸が熱くなります」


(優しさじゃない。気の弱さだ。断れないだけだ。でもミラベルの手が温かいから、訂正する気力がさらに失われていく)


「よし! では明日は三ヶ所巡回作戦だ! 護衛の配置を考えよう!」


 エルヴィンが立ち上がった。


 パーティは一気に動き始めた。フェリクスが三ヶ所の位置関係と移動時間を計算し始め、グリゼルダが護衛ルートを検討し、ザガンが各勢力への連絡要員を手配し始めた。


 ヴァルゼンは、嵐の目の中で一人、スープの冷めていくのを眺めていた。


(明日。明日が怖い。三つの勢力が、僕を「味方についた」と思っている。明日、その誤解が一気に崩壊する。修羅場だ。確実に修羅場だ)


 スプーンを口に運んだ。


 やっぱり味がしなかった。


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