職業:魔王
職業:魔王
会議室に入ったヴァルゼンを待っていたのは、十一人の真剣な顔だった。
長テーブルの両側に、ギルド本部の幹部と各地方支部の代表が並んでいる。全員がヴァルゼンに目を向け、全員が立ち上がった。
(なんで立つの。座ってていいのに)
「ヴァルゼン殿。お待たせしました」
ギルドマスター・ドランクスが、テーブルの上座を手で示した。
「こちらへどうぞ」
「い、いえ、どこでも——」
「上座にお座りください」
断れる空気ではなかった。ヴァルゼンは大人しく上座に座った。椅子が一脚だけ立派なのは、おそらくドランクスの席を譲ったのだろう。
(ギルドマスターの椅子に座る魔王。絵面がおかしい)
「では、会議の結論をお伝えします」
ドランクスが一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。
「冒険者ギルド評価委員会は、全会一致で以下の決議を可決しました。——新ランク『魔王級』の創設。そして、同ランクの初にして唯一の認定者として、ヴァルゼン殿を推薦します」
全会一致。
二日間紛糾した議論の末の、全会一致だった。
「あの、ちょっと待ってください。S級の上に新しいランクを作るってことですか」
「その通りです」
「それはあの、その——必要なんでしょうか」
「必要です」
南方支部代表のガスパルが口を開いた。模擬戦前は懐疑的だった男だ。
「ヴァルゼン殿。あなたの功績一覧を精査した結果、S級の評価基準では対応できないと全員が判断しました。S級冒険者の最上位でも、一言も発さずに国家間紛争を解決することはできません」
(できないよ。僕にもできない。あれは偶然——偶然の沈黙が——いや、もう何を言っても無駄だ)
「具体的には——」
ドランクスが新ランクの説明を始めた。
「魔王級は、冒険者ギルドの通常評価体系の外に位置します。依頼の受注義務なし。報告義務なし。ギルドの規則に拘束されず、しかしギルドの全面的な支援を受ける権利がある。——要するに、あなたにとって冒険者ギルドは味方です。それだけです」
「義務がなくて権利だけ? そんなの不公平じゃないですか」
「不公平ではありません。あなたの存在そのものが、冒険者ギルドにとっての利益です」
(存在が利益って何。僕はただ座って敬語で喋ってただけなのに)
ドランクスが懐から、一枚のカードを取り出した。
冒険者カードだった。
通常のカードより一回り大きく、素材が違う。銀色の金属板に、精密な彫金が施されている。ギルドの紋章が中央に刻まれ、その下に——
「職業:魔王」
四文字が刻まれていた。
ヴァルゼンはカードを受け取った。
ずしりと重かった。物理的にも、象徴的にも。
(合ってるけど、そういう意味じゃない)
確かに、ヴァルゼンは魔王だ。魔王家の末裔で、形式上の魔王位を継承した。だからこの四文字は事実だ。
だが、ギルドが想定している「魔王」と、ヴァルゼンの実態は——天と地ほど違う。ギルドが想定しているのは、沈黙で国を動かし、模擬戦で精鋭二十名を翻弄し、従者の一撃で城壁を吹き飛ばす存在だ。
実態は、ゴブリンにも勝てない臆病者だ。
(この差をどう埋めろというんだ。埋まらない。永遠に埋まらない)
「ヴァルゼン殿」
ドランクスが手を差し出した。
「冒険者ギルドを代表して、歓迎の握手を」
ヴァルゼンはカードを胸ポケットに仕舞い、ドランクスの手を握った。
がっしりとした手だった。引退した冒険者の手は、まだ武器の感触を覚えている手だった。
「これで——あなたは正式に、冒険者ギルド史上初の魔王級冒険者です」
「あ、ありがとうございます……」
(ありがたくない。いや、ありがたいのかもしれない。味方が増えるのはありがたい。でもその理由が全部誤解なのは——ありがたくない)
会議室を出ると、ロビーで待っていたパーティの面々が駆け寄ってきた。
「どうだった?」
エルヴィンが目を輝かせた。
「あの……魔王ランクっていう新しいランクができて、僕がその第一号だそうです」
「おおおお! やっぱりか! 既存のランクに収まるわけないもんな!」
(収まるよ。F級で十分だよ)
「見せてくれ、カード」
ヴァルゼンが胸ポケットからカードを出した。エルヴィンがひったくるように受け取り、裏表を眺めた。
「職業:魔王。——かっこいいな! 俺のカードなんて職業:勇者だぜ。普通すぎる」
「勇者は普通じゃないと思うんですが……」
グリゼルダが横から覗き込んだ。
「銀のカード。ギルドの最高素材だ。これは——途方もない敬意の表れですね」
フェリクスがモノクルを光らせた。
「既存の評価体系を書き換えるほどの存在。誤解を恐れずに言えば、これは冒険者ギルドという制度そのものが、あなたに対して白旗を上げたということです」
(白旗を上げるべきは僕の方なんだけど)
ミラベルが優しく微笑んだ。
「ヴァルゼン様。おめでとうございます。——あなたにふさわしいカードだと思います」
「ふさわしくは——ないんですけど……」
「ご謙遜を」
五人が同時に言った。
声が揃いすぎていて、ヴァルゼンは一瞬ぎょっとした。
(全員一致で「ご謙遜を」。この人たち、いつの間にそんなに息が合うようになったんだ)
カードを胸ポケットに戻した。金属の冷たさが、服越しに肌に触れた。
職業:魔王。
この四文字が、これからずっと胸元にある。
(合ってるけど。そういう意味じゃないんだけど。——でも、まあ)
仲間たちの笑顔を見た。
エルヴィンの太陽のような笑み。グリゼルダの武人の頷き。フェリクスの知的な満足。ミラベルの温かい涙目。ザガンの揺るがぬ忠誠。
(この人たちが喜んでくれるなら——もらっておこう。職業:魔王。僕にとっての意味は、きっとこの人たちが思っているものとは違うけど。でも——悪くは、ない)
胸ポケットの中で、銀のカードが微かに光った気がした。
気のせいだろう。
多分。




