表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/156

排除派が沈黙した日

 排除派が沈黙した日


 暗殺未遂事件の顛末は、ヴァルゼンの預かり知らぬところで王都中に広まっていた。


 いや、「広まっていた」という表現は生ぬるい。爆発的に拡散した、というべきだろう。何しろ話の内容が劇的すぎた。


 曰く——魔王の寝室に侵入した暗殺者が、魔王の前に跪いて号泣した。

 曰く——魔王は刃を向けた相手を責めるどころか、その境遇に涙を流して同情した。

 曰く——暗殺者は改心し、自ら排除派の依頼主を当局に告発した。


 すべて事実である。だが、事実にはそれぞれ裏がある。


 跪いて号泣したのは、ヴァルゼンが先に「殺さないでください」と懇願したせいで暗殺者が混乱したからだ。涙を流して同情したのは、怯えすぎて感情の制御が利かなくなっていただけだ。そして暗殺者が改心したのは——まあ、これだけは純粋に、ヴァルゼンの善良さによるものだった。


 しかし王都の民にそんな裏事情は伝わらない。


「聖性の証だ!」


 聖魔教の教主テオバルドが、大神殿前の広場で高らかに宣言した。


「暗殺者の刃は魔王様に届かず、その魂こそが浄化された! これぞ聖魔の奇跡——邪悪すら光に変える、我らが御方の聖性の証に他ならない!」


 集まった信徒たちの歓声が、広場を揺るがした。


 一方、排除派は壊滅的な打撃を受けていた。暗殺を指示した幹部二名が逮捕され、組織の求心力は一夜にして地に落ちた。「魔王は危険な存在だ」と主張してきた彼らが、その魔王の暗殺に失敗し、しかも暗殺者に改心されるという喜劇的な結末——排除派の残党たちは沈黙するしかなかった。


(僕はただ怖くて泣いただけなのに……)


 ヴァルゼンは宿の部屋で、布団を頭から被ったまま呻いていた。暗殺未遂のショックから三日が経つが、まだ心臓がびくびくしている。


「陛下。そろそろ起き上がられては」


 ザガンの声が扉越しに聞こえた。


「……もう少しだけ」


「三日目です」


「……もう少しだけ」


 廊下で、ミラベルとフェリクスが小声で話しているのが聞こえた。


「暗殺者の魂を浄化した反動でしょう。あれほどの聖性を発揮されたのです。心身の消耗は計り知れません」


 ミラベルの声だ。


(違う。ショックで布団から出られないだけだ。浄化なんてしてない)


「興味深い。聖なる行為に反動がある、という仮説は宗教学的にも前例がある。記録しておこう」


 フェリクスの声だ。


(記録しないでくれ頼むから)


 四日目の午後、ようやくヴァルゼンは布団から這い出した。正確には、エルヴィンが「散歩に行こう」と半ば強引に連れ出したのだ。


「外の空気を吸えば気分も変わる。な?」


 エルヴィンの笑顔は相変わらず眩しかった。断れるはずもない。


 王都近郊の丘陵地帯を歩いた。春の陽光が柔らかく、風が草原を撫でていた。平和な光景だ。ヴァルゼンの強張った肩が、少しずつ下がっていく。


 ——その時だった。


(……ん?)


 足が止まった。


 胸の奥で、何かが——ちくり、と刺した。


 痛みではない。不快感ともちょっと違う。もっと原始的な、本能的な警鐘。空気の中に混じる、微かな違和感。魔力の流れが——ほんの僅かだが——よどんでいる。


(なんだろう、この感じ。嫌な感じがする)


「ヴァルゼン殿? どうした?」


 エルヴィンが振り返った。


「い、いえ、その……あの丘の向こうに、村がありますよね?」


「ああ、マロスカ村だな。農村だが」


「あの辺りの人たち、ちょっと……避難させた方がいいかもしれません」


 エルヴィンが目を細めた。


「——理由を聞いても?」


「わ、わかりません。ただ、なんとなく——嫌な感じがするというか——」


(根拠がない。完全に直感だ。こんなこと言って馬鹿にされるに決まって——)


「わかった」


 エルヴィンが即答した。


「え?」


「お前の感覚を疑う理由がない。すぐに手配する」


 エルヴィンの行動は素早かった。王都駐留軍に連絡を取り、マロスカ村の住民を一時避難させた。


 翌朝——その丘陵で、地面に亀裂が走った。空間が歪み、黒いもやが噴き出した。虚淵ニヒラムの予兆だった。


 住民に被害はなかった。


 ヴァルゼンの「なんとなく嫌な感じ」が、数百人の命を救ったのだ。


 フェリクスが手帳に書き込んだ。


「虚淵の発生を、事前に——それも半日以上前に感知した。この精度は、私の知る限り前例がない」


 ヴァルゼンを見る目が、いつにも増して真剣だった。


「この感知能力は、他の誰にも代替できない。記録する」


(え、ちょっと、そんな大層な——本当にただの勘だったんだけど——)


 しかしフェリクスの手帳に書かれた文字は、もう消せない。


 王都に戻る道中、ヴァルゼンは空を見上げた。


(虚淵。あの黒い靄——あれは何なんだろう。僕が感じた「嫌な感じ」と、あの空間の歪みは、何か関係があるんだろうか)


 答えは出ない。


 ただ、胸の奥に残った違和感だけが、静かにうずいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ