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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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将軍が頭を下げていた。

 将軍が頭を下げていた。


 模擬戦から三日。訓練場の壁はまだ修復中で、大穴の向こうに青空が覗いている。あの破壊は全部ザガンの仕業なのだが、世間的には「魔王が本気を出しかけた余波」ということになっているらしい。


 なっていない。断じてなっていない。


「ヴァルゼン殿」


 将軍ガルヴァスが膝を折り、軍杖を床に置いた。周囲に控えた幕僚たちも一斉に頭を垂れる。


「先日の模擬戦、誠にありがとうございました。我々は多くを学びました」


(学んだ? 何を? 僕が全力で逃げ回っていたことを?)


「あの戦いを通じて、将軍以下、軍部一同は一つの結論に達しました」


 ガルヴァスが顔を上げた。歴戦の武人の目には、畏怖と——なぜか敬意が宿っていた。


「あなたを取り込もうなどという不遜な考えは、完全に捨てました」


(取り込もう? 取り込もうとしてたの? いつの間に?)


「つきましては——対等な同盟を、提案させていただきたい」


 将軍が懐から羊皮紙を取り出した。軍の紋章入りの正式文書だ。


 ヴァルゼンは紙面に目を落とし、そして後悔した。読まなければよかった。


「『軍部は魔王ヴァルゼン殿の戦略的判断に最大限の敬意を払い、対等な協力関係のもと、王国の防衛に共同で当たることを誓約する』——あの、これ……」


「はい。軍部の全面協力をお約束するものです」


(全面協力。軍部の。国家の正規軍が、ゴブリンより弱い僕に。何がどうなったらそうなるんだ)


「将軍。僕は、その、別にそこまでのことは——」


「ご謙遜を」


 ガルヴァスが力強く遮った。


「あの模擬戦で、私は己の未熟を痛感しました。一撃たりとも当てられなかった。あれが『手加減』だったと知った上で申し上げます——この方を敵に回してはならない、と」


(手加減じゃないんだって。必死だったんだって。死ぬかと思ったんだって)


 エルヴィンが大きく頷いた。


「流石だ、将軍。賢明な判断だと思う。ヴァルゼン殿の強さを正しく評価した上での提案——俺は支持する」


「正しく評価できていないんだよ」という叫びが喉まで出かかったが、ヴァルゼンは飲み込んだ。もう何を言っても無駄だということは、この数ヶ月で嫌というほど学んでいる。


 フェリクスが横から静かに耳打ちした。


「受けるべきです。軍部を敵に回すより、味方につけた方が遥かに安全だ」


(それはそうだけど! 前提がおかしいんだよ!)


「……わかりました。よろしくお願いします」


 ヴァルゼンが観念して頷いた瞬間、幕僚たちの間からどよめきが上がった。


「おお……受けてくださった!」


「軍に対等な同盟を結んでくださるとは——器が大きい」


「普通なら配下に置くこともできるだろうに、あえて対等とは……」


(配下? 僕が軍を配下に? どういう世界線の話をしているんだ)


 ガルヴァスが立ち上がり、ヴァルゼンの手を両手で包み込むように握った。


「今後、王国軍の情報網はあなたにも開かれます。何かあれば即座に兵を動かせる体制を整えましょう」


(軍の情報網と兵力が自由に使える魔王。それ、どう考えても国家の脅威だと思うんだけど、いいの?)


 帰り道、ヴァルゼンは馬車の中でぐったりしていた。


「疲れた……」


「お疲れさまでした」


 ミラベルが温かい茶を差し出した。


「でも、これで軍部とも良い関係が築けましたね。ヴァルゼン様のお力添えがあれば、王国の防衛は盤石です」


(僕の力添え。僕の。戦闘力がゴブリン以下の僕の)


 グリゼルダが腕を組んで頷いた。


「将軍ガルヴァスは実直な武人だ。あの男が膝を折るとは——模擬戦での魔王殿の戦闘機動が余程堪えたと見える」


「戦闘機動じゃなくて逃走だったんですけど……」


「そう。あの変幻自在の逃走機動だ。私も未だに軌道を再現できない」


(再現しようとしないで。お願いだから)


 フェリクスが馬車の窓の外を眺めながら、静かに言った。


「これで宰相、軍部と来ました。政治と軍事——残るは宗教ですが、崇拝派は既にヴァルゼン殿の味方。つまり事実上、王国の三大権力すべてがあなたに好意的ということになります」


 ヴァルゼンは茶を飲む手を止めた。


(三大権力が全部味方。それ、もう本当に魔王じゃないか。国を乗っ取ったみたいなものじゃないか)


「フェリクスさん。僕、別にそういうつもりは——」


「ええ、存じています」


 フェリクスが微笑んだ。


「あなたは権力になど興味がない。だからこそ、すべての勢力があなたを信頼する。権力を欲しない者にこそ、権力は集まるものです」


(いい言葉風にまとめないで。全部誤解だから)


 ヴァルゼンは溜息をつき、茶をすすった。


 温かかった。


 味方がいることの安心感は——たとえその理由が盛大な誤解であっても——確かに心を温めてくれた。


 だから、この後に待ち受ける嵐のことなど、ヴァルゼンはまだ知る由もなかった。


 王都の暗がりで、一つの刃が密かに研がれていることを。


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