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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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王国軍第一訓練場。

 王国軍第一訓練場。


 楕円形の広大な演習場は、石壁に囲まれた闘技場のような構造をしていた。観覧席には軍の高官たちが居並び、その後方にはどこから話を聞きつけたのか、文官や貴族の姿まで見える。


(なんで観客がいるの。聞いてない。模擬戦って言ったよね? 見世物って言ってないよね?)


 演習場の反対側には、将軍ガルヴァスが選抜した二十名の精鋭が整列していた。全員が模擬用の木剣や防具を装備しているが、その佇まいには歴戦の重みがある。目つきが違う。一人一人が、ヴァルゼンの知る一般的な兵士の三段階くらい上の殺気を纏っていた。


(無理。絶対無理。あの人たち、目が本気だ。模擬戦って聞いてないんじゃないの?)


「ヴァルゼン」


 エルヴィンが隣で腕組みしながら、精鋭たちを眺めていた。


「なかなかの面子だな。将軍も本気で来たらしい」


「ほ、本気——」


「だが、お前の相手には足りないだろう。まあ、手加減してやれよ」


(手加減の問題じゃない。ゼロに何を掛けてもゼロだよ)


 グリゼルダが静かにヴァルゼンの前に進み出た。


「ヴァルゼン様。何かご指示は」


「し、指示?」


「はい。我々はどのような役割を——」


「いや、あの、皆さんは見ていてください。僕が——僕一人で——」


(言ってしまった。なんで言ったんだ。「皆さんも一緒に」って言えばよかったのに。変な意地を張るな僕)


 だが本音は違った。仲間を巻き込みたくなかったのだ。この茶番に付き合わせて、仲間に怪我をさせるわけにはいかない。


 グリゼルダの目が、さらに輝いた。


「……単騎で二十人を相手に。やはり——この方は」


(その解釈をやめて)


 フェリクスが手帳にペンを走らせながら呟いた。


「仲間を下がらせた。つまり、パーティの戦術を軍部に見せたくない。なるほど——模擬戦を利用して情報を探られることを警戒しているわけですか。さすがは魔王殿、抜かりがない」


(抜かりしかない。警戒も何もない。仲間に怪我させたくないだけだ)


 開始の合図を待つ間、ヴァルゼンはふと重大なことに気づいた。


「あの——すみません。始まる前に一つ——」


 審判役の将校に声をかけた。


「トイレに行ってもいいですか」


 演習場が一瞬、静まり返った。


 二十人の精鋭の何人かが、動揺した表情を見せた。エルヴィンが観覧席で大きく頷いた。


「来たぞ——ヴァルゼンの心理戦が」


(心理戦じゃない。本当にトイレに行きたいだけだ。緊張するとお腹に来る体質なんだ)


「は、はい。どうぞ——」


 将校が慌てて道を開けた。ヴァルゼンが小走りに退場していくのを、精鋭たちが険しい目で見つめていた。


「開戦直前に離脱……」


「動揺を誘っているのか」


「あれで我々の集中を乱すつもりか——」


 ざわめきが広がった。


 観覧席でエルヴィンがグリゼルダに向かって語っていた。


「見ろ、グリゼルダ。開戦前に場を離れることで、相手に余計なことを考えさせる。士気を削ぎ、集中力を乱す——これぞ心理戦の真髄だ」


「……お見事です」


 グリゼルダが真顔で頷いていた。


 五分後、ヴァルゼンが戻ってきた。顔色はさらに悪くなっていた。


(お腹は落ち着いたけど、戻ってきてしまった。このまま逃げればよかった——いや、逃げたら大問題になる)


「準備はよろしいですか、魔王殿」


 将校が確認した。ヴァルゼンは震える膝を叩きながら頷いた。


「は、はい——」


「では——模擬戦、開始!」


 角笛が鳴り響いた。


 二十人の精鋭が、一斉に動いた。


 前衛八名が扇状に展開し、中衛六名が魔法の詠唱に入り、後衛六名が弓を構える。教科書通りの、しかし洗練された連携だった。


 ヴァルゼンの身体が動いた。


 ——逃げた。


 全力で。一切の迷いなく。全身の筋肉を振り絞って、演習場の端に向かって走った。


(逃げろ逃げろ逃げろ! 当たったら死ぬ! 模擬武器だって当たったら痛い! 痛いのは嫌だ!)


 前衛の一人が斬りかかった。木剣が空を切る。ヴァルゼンは本能的に身を屈め、その下を潜り抜けた。


「——っ!?」


 もう一人が横から迫る。ヴァルゼンは悲鳴を上げながら方向を変え、二人の間をすり抜けた。


「避けた——」


「待て、今の動き——」


 三人目の突きが来た。ヴァルゼンは足がもつれて転びかけ、結果的に突きの軌道の下を通過した。


(転んだだけだ! 転んだだけなのに避けたことになってる!)


 中衛の魔法が飛んできた。風の刃——模擬用に殺傷力を抑えたものだが、当たれば十分に痛い。ヴァルゼンは恐怖で方向を変え、走り、跳び、這い、転がった。


 一発も当たらなかった。


 観覧席がどよめいた。


「当たらない——」


「二十人で囲んで、一撃も——」


 将軍ガルヴァスが、鋭い目で演習場を睨んでいた。


「……なるほど。これが、魔王か」


 ヴァルゼンの悲鳴が演習場に響く中、エルヴィンは腕を組んで満足げに笑っていた。


「ふっ——やはりな。一撃も当たらないということは、格が違いすぎるということだ」


(格も何もない! 全力で逃げてるだけだ!)


 模擬戦は、まだ始まったばかりだった。


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