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最弱魔王なのに勇者パーティに『史上最凶の魔王』と誤解されています〜怖くて訂正できないまま世界を救うことになりました〜  作者: 蒼月よる


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模擬戦の前夜。

 模擬戦の前夜。


 ヴァルゼンは眠れなかった。当然だ。明日、二十人の精鋭兵士と戦わなければならない人間が安眠できるわけがない。


(どうする。どうすればいい。逃げるか? いや、逃げたら余計に大事になる。「模擬戦を辞退するほどの何かがある」って解釈されるに決まってる。仮病は? ザガンに見抜かれる。体調不良を訴える? ミラベルさんが治癒魔法をかけてくれて「万全です」って送り出されるだけだ)


 選択肢がことごとく潰されていく。


 天井の染みを数えるのにも飽きて、ヴァルゼンはベッドから身を起こした。窓の外は月明かりに照らされた宿舎の中庭が見える。王都に滞在するヴァルゼン一行のために用意された、軍の来賓宿舎だった。


(……散歩でもしよう。少しは気が紛れるかもしれない)


 音を立てないように部屋を出る。深夜の回廊は静まり返っており、等間隔に灯された魔法灯が青白い光を落としていた。


 中庭に出ると、夜風が心地よかった。秋の空気は冷たく澄んでいて、深呼吸すると肺の底まで清涼感が広がる。


(ああ、気持ちいい——いや、こんなことしてる場合じゃないんだけど)


 中庭をぐるりと回り、宿舎の外壁に沿って歩く。月光の下、整然と並んだ兵舎の屋根が銀色に光っていた。


 ふと、兵舎の影に人の気配を感じた。


(え——誰かいる?)


 心臓が跳ね上がった。反射的に物陰に身を隠——そうとして、足がもつれて派手に転んだ。


「ぐっ——」


「誰だ!」


 見張りの兵士二人が、槍を構えて駆け寄ってきた。


(終わった。不審者として捕まる。魔王が深夜に不審者として——)


「ま、魔王殿!?」


 兵士たちの目が丸くなった。


「こんな夜更けに——何をされて」


「あ、あの、眠れなくて——その、散歩を——」


(正直に言おう。変に誤魔化すより、正直に言った方がいい)


 兵士たちが顔を見合わせた。


「散歩……?」


「はい。明日の模擬戦のことが気になって、その——」


「……っ」


 兵士の一人が、背筋を正した。


「夜間の陣地視察でございますか」


「え?」


「さすがは魔王殿。模擬戦の前夜に、自ら訓練場周辺の地形を確認されるとは」


(してない。散歩しただけだ。訓練場がどこにあるかも知らない)


「し、視察ではなくて——」


「いえ、お気遣いなく。我々は何も見ておりません」


 もう一人の兵士が、敬礼しながら囁いた。


「極秘の偵察行動ですな。将軍の選抜部隊の配置を事前に——」


(偵察してない! 配置も知らない! そもそも選抜部隊の顔すら知らない!)


「あの、本当にただの散歩で——」


「はっ。『ただの散歩』。了解いたしました」


 兵士が大仰に頷いた。明らかに「ただの散歩」を信じていない目だった。


「我々は、魔王殿が『ただの散歩』をされていたと報告いたします」


(そのカギカッコの強調が余計なんだよ)


 兵士たちに見送られ、逃げるように宿舎に戻った。


 回廊の角を曲がったところで、闇の中から声がかかった。


「陛下」


「ひっ——!」


 悲鳴が出た。


 ザガンだった。長衣の上に寝間着代わりの薄い外套を羽織り、壁に背を預けて立っていた。琥珀の目が月光を反射して、暗闇の中で金色に光っている。


「ザ、ザガン——脅かさないでよ——」


「申し訳ございません。ですが、陛下がお部屋を出られた気配がいたしましたので」


(気配で起きたの? この人の感覚どうなってるの?)


「眠れないのですか」


「……うん」


 正直に答えた。ザガンの前では取り繕っても無駄だと、最近ようやく学んだ。


「明日の模擬戦が、不安ですか」


「不安というか——もう、不安を通り越して、諦めに近い何かが——」


「ご安心ください、陛下」


 ザガンの声は、いつもの淡々とした調子だった。だが、その淡々とした声には確かな重みがある。四百年を生きた老臣の、揺るがない重み。


「模擬戦の場には、私が控えております。陛下に指一本触れさせません」


「でも、模擬戦なのに僕に触れさせなかったら——」


「模擬戦の勝敗は重要ではありません。陛下の安全が、すべてに優先します」


(ザガンさん——)


「それに」


 ザガンが、わずかに口角を上げた。彼にしては珍しい表情だった。


「陛下は、いつも通りにしていればよろしいのです。いつも通り——陛下らしくしていれば」


「僕らしくって、何を——」


「それは、明日のお楽しみということで」


(楽しみ? 何一つ楽しみじゃないんですけど)


 だが不思議と、ザガンの言葉を聞いた後は——ほんの少しだけ、胸の重さが和らいだ気がした。


 部屋に戻り、ベッドに潜り込む。


 相変わらず眠気は来ない。だが、恐怖で胃が痙攣するような感覚は薄れていた。


(ザガンさんがいる。エルヴィンさんもグリゼルダさんもフェリクスさんもミラベルさんもいる。僕は——一人じゃない)


 それが何の解決にもならないことは、頭ではわかっていた。


 二十人の精鋭相手に、仲間がいようがいまいが、ヴァルゼンの戦闘力がゴブリン以下であることは変わらない。


(でも——)


 仲間がいるという事実だけで、少しだけ呼吸が楽になる。


 それは弱さだろうか。


 それとも——。


 答えが出る前に、いつの間にか意識が沈んでいった。


 模擬戦当日の朝は、残酷なほどあっけなく訪れた。


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