十九章 マルコスの頼み事⑤
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「それじゃあ、それぞれの担当を言うぞ。僕は”トロワ”を標的に、ザネリは”ヒロイ”を。ジョバンニとテイラーは”ディーアイ”を。それぞれの居場所については、この地図を見て覚えて」
ソファの前、背の低い机の上に広げたのはヨークタウンの地図。と言っても、地図にしては小さいことに理由がある。ザネリの住むアパートのゴライア地区が記されたものだ。
この地区はあまり大きな居住区というわけでもないが、人は密集していた。きっと企業が多いせいだろう。それに合わせてか、結社のヨークタウンの支部もここにあることが多いのだ。
「その三人について、なにか注意事項ってないのかな。こう、使う武器とかそういうのは」
「あのね取繕者みんなが戦闘するわけじゃないんだ。別に戦闘専用に武器を持っているとかは話してなかったけどね」
「それでも用心して行った方がいいと思うんだけど」
「それもそうだけど、問題はそっちの二人でしょ。僕とザネリは自衛できるし、何より君は魔術だって扱う。広い意味でのね」
寝ぼけ眼をさすって、テイラーが口を開く。まだ眠っていたかったのか声が小さく掠れている。
「そのために私は二人一組なわけでしょ。ジョバンニがいるから、突発的なことには対応できると思うよ。ま、ダメな時は神様の元に向かうだけだから」
欠伸をひとつして、テイラーは簡単に言う。「それもそうだな」と納得するのはアイラス。死ぬときは死ぬし、生き残るときは生き残る。
そのことに間違いはないし人間普通なら、自分が生き残るための手段はいくらでも講じるものだ。
短い作戦会議も終盤に近づいてきた。窓から差し込んでくる太陽の明かりもやけに強く、気がついたら空は青い。カーテンが破れ破れになっているために、直に陽の光が差し込んでいた。
そんな眩しさも、部屋の中央付近までは入り込むことは出来ずにいた。窓の外に広がった嫌になるほどの太陽の明るさを目に、ザネリらは口を開いた。
「皆、自分の仕事をしっかりとね。それと情報共有はこの部屋で行う。危険が差し迫ったら、安全になってから連絡をするってことで」
頷いたり言葉に出したりと三者三葉の返事が返ってくる。その返事を最後に、四人は自分の持ち場へと向かう。
朝だというのにカンカン照りの道路。いや、あさだからこそこんなにも太陽がやる気を見せているのだろうか。どちらにせよ、ザネリにとっていいことではなかった。日照りによって視界は良く見えるが、それ以上に朝は苦手だった。
元々明るい場所が好みではないから部屋だって、常に暗く保っていたものだ。この快晴に文句ばかりが心に募ってくるが、仕事をしないわけにもいかない。
アイラスの持ってきた地図、それを拝借しておいてよかった。知らない場所を目指すのに、何のヒントも無いというのは難しいものだから。
休憩がてら、カフェのテラス席に腰を下ろす。お客さんと勘違いして店員が寄って来るまえにこの席を立とう。そう思いながら丸テーブルに地図を広げた。
赤丸で記された場所の一つは、ザネリが目指している場所。ここから計算するに、そう遠くはない。数分歩けばたどり着くだろう。
小さく折りたたんだ紙をポケットに仕舞い、足早にその場を後にした。
「ただのビルだな......」
窓ガラスの並んだ縦に長い建物。ショップやレストランのテナントが入っており、風変りな店も見当たらないただのビル。
このビルの地下にあるカフェに”ヒロイ”という人物がいるらしいのだ。
半信半疑のまま地下へと続く階段を探すと、思ったよりすんなりと見つかった。生鮮食品などの食品売り場を抜けて歩いて、古く小さなカフェを見つけた。
おそらくここだ。”ヒロイ”はここにいる。対応できるように覚悟を決めて、扉の前で息を吸う。
「いらっしゃいませ。お好きな席に座ってください」
テーブル席にカウンター。本棚や小さなインテリアにコーヒーメーカー。カウンターの後ろでカップを拭う店主は、初老の男性。
ジャズの掛かる店内は歴戦の証があちらこちらに刻まれている。
傷んだ壁面に店主同様、歳を取った本棚。間違ってもここで戦闘なんてしたくないと思わせる、そんなシックな雰囲気。
そもそも荒事のために来たわけでもない。ザネリは、カウンターに近づいていくと店主に聞いた。
「ここに”ヒロイ”って人はいるかな? 用事があって来たんだが」
「お客さんは、ヒロイ君の友達かい。ヒロイ君はね、数日は来てないね」
「そうですか。では彼がどこにいるかって知ってたら、教えてください。彼の上司に、探すよう命じられまして。あ、上司ってのはヨリノブさんですよ。なんでも、何日も連絡を取ってないんだとか」
でまかせだ。とりあえずこの場で考えた一手だった。
訝しみはすれど、隠すことはしないだろう。彼にはやましいことはないだろうし、無論店主もだ。
「知らないですね。あっ、でもそうです。ちょっと待ってください」
店主は思い出したように一枚の紙を取り出した。封をしたそれは、格式ばった手紙のようでもある。
「誰かが自分を探しに来たら渡してくれと言ってたものです。『ヨリノブさん』って言ってましたから、あなたが、彼の言ってた人かなと思いまして」
「あ、ああ、そうなんだ。ありがとう。助かりますよ」
手紙を受け取ったザネリは注文もせずに店を出て、そのままビルの外へと向かう。
それにしても無関係なカフェを巻き込んで、こんな不確定な手段を取るとは。ヒロイとやらは何を考えているのだろうか。
ため息をついたザネリがハッとする。騙された。そう思った。そもそも、ヒロイを見つけ出してそこから情報を得る算段だったにも関わらず、自分は手紙をもらって帰ってきた。
額に手を当てて自身の失敗を悔いる。何も考えていなかった。こんな初歩的なミス、新人時代にもしなかったはずだ。
それなのに、碌な調査もせずにビルを出てしまった。
「やっぱり金のためだけを考えた依頼は、私には向かないのかもな」
そう呟きながら、手紙の封蝋を破く。中に何か手掛かりがあるかもしれない。こうなったらこれ以外、得られるものもない。
そう思い文字を読む。
『これを受け取ったのが誰かは分かりませんが、読んでいるということは、我々を追跡している者でしょう。
残念ながら、手掛かりはないですよ。他の者らを探しても無意味です。
我々は、ヨリノブさんのために動きます。ヨリノブさんは優秀ですが、一人ではできないこともあります。ですから、我々のような末端がいるのです』
そんな文章が綴られていた。その文章の意味するところは、ザネリには二つに思えた。
一つは紙面通り、ザネリたちの追っている三人は、それぞれのセーフハウスには居ないこと。
二つ目は、おそらく三人はヨリノブの所にいるということ。
二つ目はザネリの憶測だが、手紙の内容は本当だろう。だが、万が一に備えて共有は、時間を置いてからにする。
どこか落ち着ける所を探そうとも思ったが、落ち着けるところなど外にはない。やはり一番は自室だ。あそこだけが、自分の落ち着ける空間である。
低いソファに腰をおろして時間が過ぎるのを待つ。だがそうこうして10分程度経ったとき、アイラスが玄関を跨ぎ続いて、テイラーもジョバンニもやって来た。
結果は見えていたが、一応質問してみる。
「なにか手掛かりはあった」
「なんにもないよ。僕の向かった先には、ただの一人もいなかったよ」
「こちらも同様だったね。二人で警戒して進んだのに、無駄足だったよ」
そんなこんなで、四人共々全滅と言った所だ。
「おそらくだけど、皆ヨリノブのところに集結してるんじゃないか? この手紙の内容的に、そう思うんだよね」
ザネリはカフェで受け取った手紙を広げて共有した。食いつくみたいに手紙の文字を読み始める。短い文言を読み終わるとそれをテーブルに投げ置いて、ザネリはマルコスに連絡を取ろうと試みるが繋がらない。
呼び出しコールを聞きながら肩を竦めること数分。無意味なだと理解した彼女は、マルコスのオフィスへと連絡を繋いでみる。無人ではないだろうと踏んでのことだったが、ここは賭けに勝ったようで電話を取ってくれた者がいた。
「要件はなんでしょうか」
「マルコスはいるかい。いないのなら、行先でも教えてくれると助かるんだけども」
「マルコスさんは......いませんね。調査に行くと言って、一人で”ファクトリー”の解体予定のプラントに行ってしまいました」
「どこだ? そこ。教えてくれ、重要な手掛かりを掴んだかもしれないんだ」
「あ、ああそうですか。マップを共有しますから少し待ってください」
電話口に立ったのは、イルトという小さな取繕者だった。現代技術に精通した人間がいると、スムーズに事が進んでくれて助かる。
「今ファイルを送りましたので」
「助かるよ。それじゃあ、マルコスのことは任せて君はオフィスで座っていてくれ」
「そう言ってもらえると助かりますよ。楽して給与が発生するわけですからね」
数分経って添付されたファイルを開くと、そこは確かにファクトリーの敷地らしかった。解体予定とはいえ、こんな場所に無断で入り込んでもいいものだろうか。
だが今は細かいことを気にしている暇もない。一日が終わるまでまだ時間はある。マルコスを追いかけるように、ザネリは他の者らを率いて足早にプラントへ向かうことにした。




